別居記念日を祝う

旦那には悪いけど、今日は別居記念日を祝おうと思っています。

長かった、辛かった、苦しかった、鬱になりそうだった日々からさようならです。

五十年近く夫婦できて、紆余曲折どこの夫婦でもあると思いますが。私の場合ちょっと種類が違います。

もちろん、よくある旦那の浮気、女遊び、浪費家、モラハラ、すべてうちの旦那は当てはまるのですが、他と違うのは

収集癖、捨てられない病なのです。一度購入した物、貰ったもの、若い時からの服や物、それに買い物依存が加わって家の中はゴミ屋敷状態です。倉庫を借りたり友達の土地に置かせて貰ったり、でも人間関係の苦手な旦那はすぐに絶縁されてしまいます。その度に借りていた置き場の荷物を引き払いわが家に持ち帰る。

狭い庭には粗大ごみの山です。それでも足らなくて倉庫代わりの古い家を買うしまつ。捨てればそんなものは必要ないのに。断捨離の年代だよ、と旦那に言うと俺は絶対断捨離はしない。そんな事すると早死にする。って訳の分からない事を言います。家のお金は旦那が管理しているので使い放題です。

辛うじて生ごみだけは私が居るのでありませんが、それ以外は服の山だったり趣味の工具の山だったり車好きなので部品だったり数えればきりがありませんでした。

そんな旦那と一緒に生活する私はいつもストレスの限界でした。触ると怒る。捨てられると嫌なので家の中は酷い散らかりようでした。モラハラも酷くなり私はいつの間にか旦那が怖くなっていました。

そんな人なので家族が集まる場所すらなくなりました。

過去の日記を読み返すと、来年こそは変わりたい。離れたいと綴っていました。しかし、家族の事情で決心がつかず我慢の日々でした。

これからは、旦那が帰ると動悸がすることもびくびくすることも無くなります。

穏やかな日々を過ごしたいと思います。

もちろん、家には旦那の荷物が山のように残っています。バッグ一つで出て行ったのですから。鍵も持っているし、度々訪れると思いますが距離をとれたのだからよしとします。

なんだか私が追い出したみたいですが、旦那の立派な家があるのです。ここは私のへそくりで買った家。そこに荷物を大量に運び込み居ついたのですから。

可哀そうだとは思いません。生活費も最近では入れてくれていないのです。私は少ない年金で生活しているのですから。旦那の方は仕事もしているし、年金もあるのだからお金持ちです。

まぁ、こんな事をつらつらと書いても仕方がありませんが。

今は、自由です。私は旦那の世話から解放されたのです。離婚したかったのですが同意してくれませんでした。世間体の事をきにしているのだと思います。

そんな事はどうでもよくなりました。家に旦那が居ない解放感は半端なく嬉しい。(〃艸〃)ムフッ

おかずの文句も言われなくて済む。偉そうに指図されなくて済む。私の事を人格否定されなくて済む。何が一番楽なのかと言うと、片づけて!と言わなくて済むのです。

あぁ~少し興奮しています。これで夜中に起こされずに済む。不眠症からも解放されるかもです。

長い間の訴えが実りました。できるだけ円満別居を努力しようと思います。

神様ありがとう。

 

夫婦とは何

半世紀一緒に暮らしても、まだ分からないのです。旦那の事が。

普通の人ではない事は確かです。

友達や家族に話しても、皆言います。大変だね。よくここまで壊れずに我慢しているね。昭和の男、男尊女卑、そんな事ではないのです。やっぱり病気ですね。

人の感情が読み取れない。世間の常識が当てはまらない。生きていく上での生活のルールも守れない。トラブルメーカーな人。尻ぬぐいはいつも私。

もう限界です。古希を目前にしていますが一緒に暮らすことができません。

私の役目はもう終わりです。子供たちも独立して孫も大きくなって、私の手伝いも要らなくなりました。もう私は自由に暮らしたい。ストレスを持たないように。

妻がストレスで病気になっても入院しても、まったく我関せずの夫に失望しかありません。

別居の話はやっと受け入れてくれつつありますが本人は、納得できていないようです。離婚は嫌だと言います。

庭中の旦那の荷物も撤去してほしいのです。家中の旦那の荷物も持って出てほしいのです。ここは私の家です。旦那の家はもっと新しい家。荷物を整理、処分すれば素敵な暮らしができるのです。買い物依存で山になっている服や物を捨ててしまえば素敵な空間ができるのです。

それができない旦那は病気なのです。壊れている物でも捨てられない。居場所もなくなるほどの物の山。私が何度も片付けて住みやすくしても気に入らない。触ってほしくないのです。捨てられないかと心配みたいです。

結婚して五十年近く。ご近所トラブルからも解放されたいのです。私はいつも謝ってばかりです。誰かが訪ねてくると心臓がバクバクします。今日は、何?

もう良いでしょう。

私は楽になりたい。ストレスからさようならしたいのです。

世の中に夫と同じような人が居るのでしょうか?もし、居るのなら奥さんはどう対処しているのか知りたいです。

 

離婚に向けて

私の夫はこのアスペルガー障害だと確信しました。

世の中にはいろんな人がいますね。絶対に夫はこれです。

”アスペルガー症候群は発達障がいの一つで、社会性・コミュニケーション・想像力・共感性・イメージすることの障がい、こだわりの強さ、感覚の過敏などを特徴とする、自閉症スペクトラム障がいのうち、知能や言語の遅れがないものをいいます。”

共感性は全くありませんし、相手を思いやる事もありません。

結婚した時から思い当たる点があります。その時には私も世間を知らないし思い出しても健気に妻や嫁、母を頑張って務めていたように思います。

毎日、愚痴や不満を日記に書いてもしょうがない事なのです。もっと大きなところで俯瞰して自分を見なければとつくづく思いました。

別居を希望しても全然行動に移してくれない。一応理解はしたと言いますがすべてお前が言い出したことだ。俺はこのまま一緒に生活で何の問題もないのに。と言います。全く分かっていないのです。

今月も生活費は入れてくれません。それでも全く平気なようです。男として夫として何も感じないようです。逆にラッキーだと思っているようです。

先日、旦那の部屋で中型ボートのカタログに黒丸をしているのを見つけました。ショックでした。家計にお金を入れない分、自分の趣味にお金をかけているのです。

もう、こんな事はどうでも良いのです。早く離婚してすっきりしたいとストレートに言ってみました。旦那は離婚は反対だと言います。そんなに急がなくても別居してやるから。どうせお前は俺が居ると嫌なんだろう。と言います。分かっているのならもっとスムーズに別居をしてくださいとお願いしたのですが今月もまだ二階に帰ってきます。夜中にシャワーを浴びて自分の部屋に戻ります。

食事は自分の家の台所でお肉を焼いたり野菜をいためたりと自由に一人の生活を楽しんでいるのです。お金も使い放題です。どうして、夜中に帰ってくるのでしょう。そのまま自分の家で寝れば良いのに。分かりません。

まぁ、もう一か月様子をみてそれでも聞いてくれなければ、離婚届を突き付けるしかありません。

私は自分の気持ちが分からなくなる時があります。

ストレスで病気になって入院をして、それでもまだ一緒に生活しているのです。

男の人はもっとプライドがあると思っていました。これだけ妻から言われているのに別れない、別居もしたくない。と言う気持ちが分かりません。一緒にいると息が詰まりそうです。夫はそんな事はないのでしょうか。最近は一日に一度くらい顔を合わせる事がありますが、お互い無言で嫌な空気が漂います。

どうして別居なのか。過去の事を言われても覚えていない。と都合の良いことばかり言います。

もっといい所もあるはずです。

 

今の心の中は前を向いて

家族、だれもこのブログを見ないので思い切り胸の奥まで吐き出せます。

長年一緒に家業を手伝っているのも今日で最後の仕事でした。二週間かけて準備して完成しました。私の役目はこれで終わりと決めていました。

これで、解放されたのかしら?そうだといいけど。

旦那は、相変わらず私の家に夜中帰って自分の部屋に入ります。夜だけ帰っているので食費や生活費は要らないだろうと考えています。ちょっと違うと思いますが。

別居を条件に生活費は要らないと言ったのに守れていないのです。旦那の家は自分が自由に使っていて住みやすいように整えてあげたのに。どうしてこっちに帰ってくるのか分かりません。外食したり、ちょっとしたものを自分で作っているようです。冷蔵庫にはいろんな物でぱんぱんに入っていたと娘が言っていました。

もうしばらく様子を見てもう一度話し合う予定ですが、話し合いのできない人だから困ります。すぐに逆切れしてだんまりを通します。子供みたいです。

長年一緒に暮らしているので旦那への情はあります。病気をしたら、怪我をしたら、きっと心配で何か行動をとるでしょう。旦那の方はどうか分かりませんが(笑)

結婚して今までに住んだ家の様子を思い出していました。旦那の収集癖と散らかす癖と捨てられない病で、私が一生懸命整えての繰り返しで子供たちの結婚や相手さまの家族の付き合い等。

今まで必死で家族を守ってきました。普通の人ならとっくに別れていたでしょう。そんな人のブログも読んだことがあります。

私は節目節目に書いている日記には、旦那のそんな病気が何とかならないかいつもけんかをして少しでも分かってもらえるように話し合いをしていて、結局旦那の方は守れていない。物が増えると片づけるのではなく、置き場所を確保の為に右往左往としたあげく倉庫を借りたり中古の家を買ったりします。ゴミ屋敷状態できりがありません。

自営業なので自分が自由にお金を使います。文句を言うと、自分の甲斐性ですることに口出しするなと偉そうに言います。旦那は普通ではありません。やっぱり発達障害だと思います。普通の人が見て、すごい状態の物の山でも本人は全くなんとも思っていません。

この歳になってまさか別居、離婚になるとは思っていませんでした。まだ離婚はしていませんがこのままでいくと私は離婚を口に出して言うと思います。

後何年したら穏やかな生活が待っているのでしょう。

前にもこんな事を書いた気がします。







中古の家を買っていて良かった

今日は雨で寒い一日でした。

昨年の暮れに別居宣言してもう四か月が過ぎます。

相変わらずの旦那ですが最近になって少しずつ別居を受け入れているように思います。それでも、私の家に帰ってくるのはなぜでしょう。

私は自分のために、旦那の家を整えます。長い間使っていない台所やお風呂場。冷蔵庫っもピカピカに磨きました。数年前まで家族で住んでいた家です。

子供たちも自立していなくなり、旦那はさらに自由奔放に遊んでいます。現在も私の家で自分勝手に偉そうに暮らしています。それは、結婚してからすぐに気が付きました。私が子育て中にも旦那は友達と旅行したり趣味に遊び回っていましたから今更ですが。

スムーズに自分の家に戻ってもらうように毎日掃除に通っています。

私の家よりずっと新しいので見違えるようにきれいになりました。

後は、こっちの旦那の荷物を運びこむだけなのですが普通ではない旦那の荷物は当分かかりそうです。

二階の二部屋の溢れて崩れそうな服。がらくた。玄関回りの押し入れにも旦那のものでいっぱいです。これをどうやって運ぼうかと思案していますが、これは旦那にお任せしないと思いものや大工道具を集めた物、釣りの道具。

キリがないほどの収集癖なので見通しもつかず憂鬱ですが、私のできる範囲内で一つずつ片づけていくほかありません。諦めません。

そのうち、いつか別居ができると信じています。

どうして、こんなに嫌になってしまったのだろうと、ふと、考えました。

長年の夫原病が積もり積もって私の方が病気になってしまったのに旦那は分かろうともしませんでした。心配も無く思いやりのかけらもありませんでした。

とうとう私の心が爆発したのだと思います。良かったことは家が二軒あって別居が可能であった事です。

へそくりで、中古の家を買っておいて良かったと思いました。

 

心の声

今日は朝から大工さんが入っています。

ベランダを改装しているのですがお天気が昨日からはっきりしない曇り空で今日は工事なのか判断がつかずにいましたが何とかお日様が出たので工事を始めました。

大工さんが朝から数人出たり入ったりと忙しく働いていらっしゃいます。壊れかけていたベランダが新しくなるのは嬉しいことです。この家に引っ越してきたのは四年前。中古物件ですが私の新居には十分な広さでした。

台所やお風呂トイレもリフォームして最後がベランダです。

あっそうそう、屋根も瓦を変えて新しくしました。

四月ごろからは、長年連れ添った旦那とお別れできそうです。嫌なのにくっついてきて暮らしていましたが、あぁ~長かった。

でも、まだまだ分かりません。旦那が自分の家にスムーズに引っ越してくれるかどうか…。早く、自分の家に帰ってよ!といつも心で叫んでいます(笑)

今日も良い一日でありますように。







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高齢者という言葉

高齢者。最近この言葉が頭の隅でいつもチラッと気になる。

例えば、この間しゃがんで拭き掃除をしていたが少しバランスを崩して体がゆらっと倒れそうになった。今までならグッと踏ん張って防げたことができなくなって、スローモーションのように座り込んでしまった。自分で分かっている。脚の筋肉量が減っているのだろう。昨年からコロナのせいで辞めてしまったスポーツジムでマシンで計ってもらったデータで私の脚の筋肉量がバランス的に一段と少ないと言われたのだ。

倒れた瞬間、あれぇ?何だ今のは…。思わず笑ってしまった。

今までできていた事がいつの間にかできなくなっていた。これが年齢を重ねる、歳をとるという事なのだろう。十年前、二十年前と考えるといつの間にか私も高齢者になりつつあるのだ老いているのだ。

若い頃、身近にいた老人だと思っていた人と同じように自分も老人になっているのだ。誰しも通る道だろう。人生は長いようで短いものだと思う。自分がふがいないと焦る。やっておきたかった事があり過ぎてどれから手を付けて良いのか分からなくなる。これも性格のせいなのか。

私の両親は今の私の年齢で亡くなってしまっている。そのせいなのか私も寿命が短いのではと考えてしまうのだ。

今日は久々に雨も上がり、気温も少しだけマシになっているようだ。四日ぶりにウオーキングにでかけよう。

今日も良い一日でありますように。

 





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古希を目前に決断の時

いよいよ今年もあと二日で終わる。2021が目の前にあるのだ。ポジティブに考えよう。気にしすぎる性格を何とかしたいが無理だと分かったから自然体で過ごそう。

旦那に、本気で別居の話をして二週間が過ぎる。今までは何度もごまかされてすぎてしまった。でも、今回は私は本気だ。

旦那は変わりなく、忙しいの口癖で聞く耳をもたないでいる。

家の周りの大きな粗大ごみのような荷物もまったく動かす気配がない。二階の部屋も相変わらずひどい状態で寝起きしているようだ。時々、いないうちにチェックしているが変わっていない。私に何も触るな勝手にさわるなと、片付けさせてくれない。生ごみがないだけでまだ救われる。でも、生活の質は最低な状態だ。

また、捨てられたら困ると思っているのだろう。以前、粗大ごみだろうと思って処分した小物の事を根に持っている。それに、旦那のペンキの付いたシャツもゴミにしたのを何年も引きずっている。何か変だ。やっぱり変わっている。普通の人ではない。だから、部屋中、玄関回りそこら中に服の山ができるのだろう。

精神的に追い詰められているのは私の方だ。

今朝、もう一度別居をしてくれるのを確認してみた。返事は、自分は納得していないが分かっているから何度も言うなと逆切れしてくる。私は、出て行ってとは一度も言っていない。生活費も何も要らないので、別居をしてとお願いをしているのだ。

もう何年も逃げ場を探していた。しかし、最近は逃げ場を探すのではなく出て行ってもらう事を考えるようにした。なぜなら出ていくと後何年も家賃を払って生活しなくてはいけないからだ。そんなにお金の余裕はない。この家のリフォームにお金をかけたのは私だ。旦那には元の新しい家がある。そこに帰ってくれればいいのだ。簡単なこと。

私の性格は気にしすぎる所がある。今朝も別居の話をした後、旦那に言い過ぎたかもしれないと思って自分が言った事が気になってしまう。その時の旦那は、分かっているから同じことを何度も言うなと怒る。そして、話を遮る。だからと言ってその事に向き合って呉れようともしない態度が気になって、また言ってしまうのだ。

たぶん、旦那は受け入れたくないのだと思う。少し前ならふざけて、はぐらかしていたが私が真剣なのを感じているのだろう、私の話を聞きながら逆切れしたり話を遮る。たぶんキャパがいっぱいになるのだろう。

それでも、私は前に進む決心をしたのだ。古希を目前にして。

旦那の気持ちばかりを考えてはいられない。今までその繰り返しでここまできてしまったのでから。何十年もストレスを抱えて。病気にもなってしまった。もうこの辺で自分の事だけを考えてもいいのではないかな。

娘に言われたのだ。母さんは人の気持ちばかりを考えている。もっと自分を肯定してあげないと自分の人生なんだから。そうだよね、なるようになるさ。

 

 

 

 

別居の話を宣言した

早いもので、2020年もう師走。

昨日から一段と寒くなってきた。東北の方では大雪警報だとか。テレビのニュースを見ていると雪かきも大変そうで思わずテレビに話しかけていた(;’∀’)ご苦労様です。

さて、うちの旦那の話です。

わたくし、とうとう宣言してしまいました。

別居をしてください。と。

生活費も要りません。…ん~…言ってしまった。

生活費が入らなくなると…。でもそれくらい苦痛だったのです。

なんなら、籍も抜いてもらっても結構ですから。って言ってしまった。これは勢いでした。(笑)

うちの旦那は、ただ一つの病気。それがもう耐えられなくなりました。

他は普通の旦那と、いや、普通以上かもしれない。孫にも優しいし。子供たちにも、まぁ普通のお父さん。しかし…いつの間にかゴミ屋敷になる生活態度は子供たちも承知している。

もうすぐ結婚して五十年近くになる今、別れ話。

自分でも呆れるが、我慢の限界なのだ。このまま後数年、(いや十年は生きたい)の人生をストレスを毎日抱えて暮らすのが嫌になったのだ。

別居の話がスムーズなのは家が二軒あったことだ。物でいっぱいになった元の家はローンが終わったばかりでまだ新しい。そちらに移ってほしいと言ってしまった。先の事は私は、知らない。散らかし放題になったとしても私の目に入らなければイライラしない。

この家は、私の名義になっている家。古い家だがリフォームしてお金をかけたので私は出たくない。この歳でと呆れるがもう耐えられないのだ。

子供達にはもう話したが、果たして期限までに旦那は出ていくのだろうか。それが問題だ。

 

 

 

 

神頼みもありかも

朝から一時間ほどウォーキングをしてきた。最近はこのウォーキング毎日とは言えなくなってきた。体のためには毎日の方がよいと分かっているのだが。

今日は徒歩一時間ほどの距離にある神社、不動尊でお参りをしてきた。

時期的に七五三詣りなのか可愛い子供たちを見かけて、心の中にふっと柔らかい私がいる。

このブログには旦那の愚痴ばかりを書いて発散している私は自分が嫌な人間だと感じる事がある。いつも自分を正当化している。旦那の事は病気の子供だと思って世話をするとこんなにも腹が立たないのかも知れない。

子供には無償の愛を与えられるのに、旦那の事になるとつい、イライラして人間出来ていないのかも。

そんな私が今日は神様にお祈りをしてきた。お祈り?って言うのかな?皆に混ざってお線香をたいてお賽銭を入れて手を合わせてお祈り?お願い?そんなめったにしないことをしてきたのだ。

交通安全のところにもお賽銭を入れて手を合わせて、大元のご本尊さまにはお線香をたいてお賽銭を入れて手を合わせて、家族の健康、そして自分の身内、そして世の中の皆、地球上に住んでいる人々、コロナが地球上から消え去るようにとお参りをした。神様にお願いをしてきたのだ。

少しのお賽銭で、よくよくしく、あつかましくお願いをする私。

たくさんの要望を聞き入れてくれると思う私の浅はかさも、まぁ神様は大目に見てくださるだろう。