一人暮らし 梅さんの日常

朝、目覚めてベッドの中で寝ころんだまま梅さんは、確認する。

両手を広げて、グーパーグーパーと何度も手のストレッチ。

次は足のストレッチ。

それが終わるとゆっくりとベッドから降りてキッチンでコーヒーを点てる。

一日の始まりのルーティーンだ。

「あらまぁ、おはよう。真っ赤な薔薇さん。今日も元気に咲いてくれてありがとう。金木犀の香りが、今朝の私のおめざかしらねぇ。」

梅さんは83歳、山の中腹にある一軒家に住んでいた。周りは緑いっぱいの畑や森。

家の前には細い道。

ず~と、山上までのオレンジ園までのハイキングコースには、今の季節になると地元の小学生や幼稚園児が遠足に登ってくる。

梅さんは子供たちと話すこと。それが楽しみの一つだった。

キッチンのドアを開けると庭に続く石段を、一段降りると広々とした庭はオープンカフェのテーブルと椅子が五セット置いてある。

梅さんが、ずっと昔の若い頃に旦那さんと一緒にやっていたカフェの名残だった。

その頃に、梅さんの趣味で始めた天然酵母のパンは美味しいと評判になり山の下に住む人たちにも口コミで増えて今でも時々買いに来てくれる。

自家製酵母のパン

商売ではないので欲しい人にだけ売っていた。

「さてさて、今日は良い天気なので外で朝食をいただこうかねぇ。」

そう言って、梅さんはさっき焼き上がったばかりの香ばしい匂いを放っている、ライ麦のカンパーニュの一切れとコーヒーを持って庭に出た。

小鳥の囀りと清々しい秋の風は、朝早くの庭先にあるオープンカフェの爽やかな空気が一人暮らしで寂しい梅さんの心を毎日癒している。

「おやまぁ、あんたもこのライ麦パンの匂いにつられて起きてきたのかぃ?」

梅さんは、そう言ってテーブルに降りてきた山雀にパンの耳をちぎって置いた。

「ちゅんちゅんちゅん!おばあさん!友達も呼んでも良い?」

「あぁ、良いよ。友達も呼んどいで、ライ麦パンはまだまだいっぱいあるからねぇ。」

梅さんには山雀の声がそう聞えている。梅さんは雀と話しているのだ。

しばらくするとテーブルには山雀がいっぱい集まってきた。

「ほらほら、いっぱいあるので慌てないでゆっくりお食べよ。今日は、家の前の道に可愛い子供たちが登ってくるかも知れないよ。楽しみだねぇ。」

今日も、ゆっくりと梅さんの一日が始まった。

「あんた達は、ゆっくりお食べ。私は、今日は忙しいんだよ。」

「どっこいしょ!!」

そう言って梅さんは立ち上がりキッチンへ戻って行った。

今日は、市役所の安住さんが月に一度一人暮らしの梅さんの安否確認にやってくる日。

梅さんは、安住さんとは、長年の友達。

旦那さんが亡くなって以来だから既に、十年は経つ。

カレンダーに丸をしている日。安住さんと一緒にお茶しようと思って、バターケーキを焼こうとベッドの中で昨夜から決めていた。

***

梅さんの家から歩いて少し坂を下がった場所に空き家があった。

最近、その空き家に若い新婚さんが引っ越してきた。

梅さんにお菓子を持って二人が挨拶に来た時に、お嫁さんが空き家のリフォームを自分たちでやっていると楽しそうに話してくれた。

「あらぁ、まぁ、一人暮らしの梅です。どうぞよろしくね。」

梅さんは、引っ越しの御挨拶のお菓子のお礼に、朝焼いたバゲットを二本さし上げた。

外壁も薄いピンクで塗り替えられて、梅さんはその家の前を通る度に楽しくなった。

その家の前からは、車が通れる道路があって時々移動スーパーが来てくれる。郵便屋さんも宅急便やさんもそこまで車できてくれて、梅さんの家まで届けてくれるのでありがたい。

梅さんは、還暦過ぎて旦那さんと一緒にインターネットにハマった。

旦那さんが亡くなってパソコンも後を引き継いだのだ。

梅さんは、体調の良い日にはネットサーフィンで時々楽しんでいる。

買い物も、ネットでできるようになったが、最近はあまりやらない。目が疲れると頭痛がするのだ。

安住さんとの連絡も勿論メールだったりする。

ある時、安住さんに自慢した。

「こう見えて、私ねパソコンは画面を見ながらゆっくりだけど、ブラインドタッチなんだよ旦那さんがゲーム感覚で上達するソフトを入れてくれたんだよ。ボケ防止にぴったりだろう。」

と、梅さんは笑いながら得意げに話した。

最近は、安否確認が月に二回になったが、梅さんはマイペースでとても元気だ。


にほんブログ村 小説ブログ 現代小説へ
にほんブログ村 小説ブログ ミステリー・推理小説へ
にほんブログ村 小説ブログ 恋愛小説(悲恋)へ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です