僕の失恋3 短編

「正人へ。ずいぶん迷ったけど一度会おうか? 話もあるし。今は、東京にはいません。正人と同じ大阪に住んでいます。今度の水曜日に梅田のJRの一番奥にある乗り場の改札口で11時に待っています。」

 美子からのメールは、返信が無いので諦めかけていた暮れも近い三カ月が過ぎた頃にやっと返事が着た。

マンションから南海線で難波まで出て、地下鉄で梅田まで出た。待ち合わせの場所にはまだ美子は来ていなかった。二十分待った頃、美子は現れた。

「ごめんね、遅刻しちゃったよ。ホントごめんなさい。もう帰ったのかと思った。私は今、この近くで住んでいるの。出がけにちょっとトラブっちゃって。でも、もう大丈夫。解決したから。」

美子は、以前見かけた時と同じくすっかり女性らしくなっていた。黒目がちな美子は鼻先もスッとして美形な方だと僕は思っている。

「梅田の、この辺りは、家賃も高いんじゃないの? すごい所に住んでいるんだね。どこかでコーヒーでも飲もうか? それともお昼、一緒に食べる?」

僕は、久しぶりの美子を見て動揺していた。四年の空白のせいなのかも知れない。

「ううん、お昼はいいわ。それよりも、気楽にゆっくり話ができる所がいいなぁ。わたし、スタバのカードあるからスタバにしない?おごるよ。」

美子は、笑顔で、さっきからずっと明るかった。

 話って何だろう?僕は、高校卒業した後、離れ離れになる前に、美子にキスをした。それについてはお互いメールでも触れていない。美子も僕に好意を持ってくれていると思っていたがその時には、ここまでの思いは無かったのかも知れない。

 今は、はっきりと美子の事が好きだと思っている。大学生になって他の女性と付き合ってみて感じた。美子が僕の事を一番分かってくれていると思っていた。たとえ四年の歳月が過ぎていたとしても。

「いきなりだけど、良いかな? わたし、大学一年生の夏に実家に帰った時にショックな事があって。この話は、正人に話すまいと心に決めたのに。」

「わたしは、大学を卒業して実家の旅館を継ぐ約束をしたでしょう。それは、正人も知っているよね。恥ずかしいけど、わたしは、父親に正人の事が好きだから二人が大学を卒業したら結婚して一緒にこの旅館を継ぎたいと申し出たの。」

「そしたら、父は言ったの絶対に結婚はダメだって興奮して、顔色を変えて言ったのよ。あの冷静な父がいつも穏やかな父が好きだったわ。でも、今は大嫌いな父になってしまった。」

「正人、びっくりしないでよ。わたしは、許せないのよ父が。」

「だから、東京に戻っていろいろ考えたけど実家には帰らない事にすると決めたの。正人にも、もう会わないでおこうと。会っちゃいけない人なんだとね。」

僕は何が何やらまったく分からなかったのでもう一度聞き直した。

「どうして、美子は社長の事を許せないの?」

「正人のお母さんから何も聞いていないの? 昔の事。」

「えぇっ。昔何かあったのか?」

「そう、辛いけど言うわ。わたしと正人は義理の兄妹になるのよ。」

「昔、父と正人のお母さんが恋人同士だったってこと。正人とわたしは、同学年だけど、早生まれと遅生まれの二人は兄と妹だったのよ。」

「わたしは、正人が好きだったから衝撃的な父の言葉にもう、打ちのめされてしまって父への嫌悪感いっぱいで、あれから一度も実家に帰っていない。母の顔も見れない。」

「実はね、わたしの母は、父とお見合いをして結婚をしたらしいけど、父の両親が無理やりに結婚させたと聞いているわ。正人のお母さんとの事を知っていて別れさせたらしいの。もう祖父母は亡くなっていないけど。酷い人たちだわ。」

「それでも、わたしは、父を許せない。男として許せないのよ。何食わぬ顔で旅館に正人とお母さんを住みこませて。父は、わたしの母と結婚してからは、一度も正人のお母さんとの関係を続けた事は、無いと言っていた。」

「これは、嘘じゃない雅子さんの名誉の為に言っておく。分かってくれって。二人を放っておけなかった。金銭的に援助していただけだと言い訳していたけど、どうだか。」

「正人のお母さんは、どんなに辛かっただろうかと思うと胸が痛いよ。子供の将来の為に自分が我慢をしたのよ、正人の為に犠牲になったの。父が許せない。でも、わたしの母と結婚していないとわたしは、生まれていないから。何を恨んでいいのか苦しんだわ。」

「わたしの、母もまったく知らなかったと思う。多分今も知らないと父が言っていた。正人のお母さんと家の母は仲良しだったから。それは良かったと思っている。実家に帰ったら辛くて母の顔が見れないよ。正人もこの話は絶対におばさんに言っちゃ駄目だからね。」

「やっと幸せになれた、今のおばさんに悲しい思いはさせたらだめ。二人の心に閉まっておくのよ。わたしも、正人が好きだったからとても苦しんだよ。でも、兄妹だったとはね。四年が過ぎ、今は少し気持ちも落ち着いたから正人に話せるけどね。」

 僕は、呆然と美子の話を聞いていた。大好きな美子が僕の妹? 僕の本当の父親が美子の父親である旅館の社長? そんなことがあっていいのだろうか。この間、一緒に歩いていた彼氏の話の方がまだましだと思った。その方が将来、美子とのことを考えると見込みがある。しかし、兄妹では辛すぎるのだ。

美子は、二人の秘密を一気に話すと、辛そうに静かに俯いて黙った。僕の頭の中は、整理がつかない。美子も僕を好いてくれているのは分かった。しかし、腹違いの妹? 妹を好きになってはいけないのか? 近親相姦? 
インセスト、タブー ? これを知らなかったとしたらどうなる? 僕は混乱していた。

「あっ、そうだ。正人が気にしていた、この間の男性ね。同じ職場の人よ。彼は、職場でメンズ担当のエステシャンなの。実は、わたしは、家の近くのエステサロンで働いているのよ。」

「彼ね、見かけは男性、可愛い綺麗な顔をしているでしょう?でもね、心が女性なのよ。トランスジェンダーなの。いつも彼女は前向きに頑張っているわ。正人に見られた時には、男性の格好をしていたけどね、普段は女性の格好をしているの。」

 美子は、サラッ~と男性の事を説明している。僕もトランスジェンダーの事は知ってはいたが、そういう人が身近にいないので、あまりピンとこなかった。

「ちょっと待って、ごめん。美子。なんだか急に頭がくらくらしてきたので家に帰るよ。また、メールする。ごめんね。」

僕は、少しでも早くに家に帰りたかった。頭の中を整理しないと混乱して変になりそうだ。

美子はコーヒーカップを手で包み込んで一点を見つめていた。僕は、カップに残っている コーヒーを全部飲み干し、椅子から先に立ち上がり店を出た。


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