大阪暮らし2 違う世界の大学生

 「佳代ちゃ~ん! ちょっとお使いに行ってきてくれへんか?すぐ近くやから佳代ちゃんにも分かると思うからな。」

 「このメモに、地図と必要な化粧品の名前を書いとるから先方さんのお店に行ったら、このメモを渡すんやで!分からへんかったら誰かに聞いたらええから、歩いている人に聞いたらあかんよ!ちゃんとそこら辺の店で聞かなあかんよ!」

 奥さんから持たされたメモには、簡単に書いた地図と某メーカーの化粧品の名前が書いてあった。うちの店には商品が品切れで、それでも急ぐお客様のご要望なのでメーカーに発注しても時間がかかって間に合わないのだ。近所の化粧品店にお願いできるシステムになっているらしい。

 「こんにちは。すみません。松屋町の松下化粧品店からお使いにきました。コレを見て下さい。」

 メモの地図に書いていたお店は、心斎橋の賑やかな通りから少し横の道に入った所にあった。

 「あっ。いらっしゃい。さっき奥さんから電話をもらっていますよ。商品、用意していました。そして、コレは、あなたに、お駄賃ですよ。」

  見るからに優しそうな、お店の女性が商品が入っている袋と並べてカウンターの上に置いたのは、ポチ袋だった。

 「えっ。いいえ、ありがとうございます。わたしなら大丈夫です。これも仕事ですから。それに、貰ったら奥さんに叱られるかもしれませんから。」

 佳代は、困ってしまって化粧品の袋だけ手に取った。

 「大丈夫よ。そんなに入っていないから。気にしないの!いつも店員さんが来たらあげているのよ。だから貴女も取っときなさい。」

 お店の女性は、優しく微笑みながら佳代に言った。

 佳代は、店員さんとは、夏美ちゃんの事だと心の中で思った。そんな話は全然奥さんに報告していない夏美ちゃんらしいと思う。あまりお断りしても逆に気を使わせてしまうので遠慮なく頂くことにした。

 その日の夜、夏美ちゃんと銭湯に出かけた時、その話をした。夏美ちゃんは、まったく気にしていなくて呆気らかんとしていて私は、夏美ちゃんがかっこよかった。

「佳代ちゃん、何でも気にしすぎやわぁ。あげる言うもんは、貰っといたらええねん。そんなことは、いちいち奥さんに報告せんでもええ!分かった?」

 「はい。分かりました。そうします。」

 佳代は、友達の年上の艶ちゃんに紹介してもらった、この松下化粧品店に住み込みで働く条件は、あくまでも化粧品店の店員さんだったのだ。それがいつの間にかお手伝いさんになっていて化粧品の勉強会になかなか出席させてもらえなかったのが少し不満だったが、慣れるまでは仕方がないと諦めていた。

 その日は、佳代の定休日。週に一度、自分の好きな日にお休みをもらえるのだ。前もって日にちを申告すると奥さんが都合をつけて店番も家事も自分でやってくれる。

 「今日は、佳代ちゃんがお休みやから夏美ちゃん!支店から早めに帰っといでな。秋ちゃんには、もう話しとるから。ええな。夕飯の買い物を手伝ってや!」

 朝食を終えて秋ちゃんと一緒に出掛ける準備をしていた夏美ちゃんに、奥さんが話しかける。私は、みんなが食べた後の食器を洗いながら耳をそばだてていた。私がこの店に来る前には、夏美ちゃんがやっていた仕事だった。

 休みの日でも雑用は片付けてから出かけなければいけなかった。

 久しぶりに出かける佳代は嬉しかった。その日は、この店を紹介してくれた艶ちゃんと会う約束をしていた。働き出して最初に出かけたのは、お給料が出た時、美代ちゃんの家にお世話になった時期の家賃と食費を払いに出かけた。そして、二回目の休日には一人で心斎橋の商店街で買い物をした。

 佳代は、休日は出来るだけ出かけたかった。常に奥さんがいて用事を言われ休日なのにゆっくりできない初めて、住み込みで働く辛さを知った。

 「佳代ちゃん、待った?どう?仕事は?皆さん優しくしてくれている?住み込みは大変だけど頑張ってね。」

 その日、心斎橋の商店街の人波をかき分けて難波まで歩いた。待ち合わせの高島屋の近くの喫茶店で艶ちゃんが待っていてくれた。佳代は艶ちゃんが優しいお姉さんの様で安心できる。今日もいろいろ気遣ってくれた。

 艶ちゃんは、色白でほっそりとスタイルも良く美人さんだと佳代は思う。お化粧も、夏美ちゃんとは、やり方が違っている。付けまつ毛もしていない。マスカラで長いまつ毛をカールさせていて、アイラインやアイシャドーも目立たなく上品だと思った。夏美ちゃんよりもずっと年上の感じがするが佳代は、歳を聞いた事がない。

 佳代は、知らないが艶ちゃんは大きな支店がいっぱいある化粧品店で働いているらしい。そこのお店の旦那さんや他の店の旦那さんの事も良く知っていた。化粧品の知識も豊富で長くこの仕事をやっているのだと思った。

 「佳代ちゃん、今度のお休みには私のアパートに遊びにおいで。夕ご飯も一緒に食べよう。出来るなら泊っても良いよ。奥さんに聞いてみてね。」

 優しい艶ちゃんが大好きだった。艶ちゃんと一緒にいるとリラックスできる。佳代の頭の中もザワザワしない。一緒に歩くとすれ違う男の人が振り向くほど美形だった。何度目かのお休みの日、艶ちゃんのアパートに泊まった時に男性用のパジャマがあった。

 佳代は、まだ男の人と付き合った事がないので艶ちゃんの話が刺激的で驚く事ばかりの連続だったのだ。

 朝、艶ちゃんがお化粧をしている様子をじっと見ていた。素肌もとても白くてつるっとすべすべで佳代は、うっとりとした。話では彼氏は、神戸の芦屋の長男で大学四年生だと教えてくれた。

 プレゼントされたベルベットのドレスも見せてくれた。ドレスの木地は光沢がある手触りの良い豪華なドレスだった。すごいなぁ、艶ちゃんは、と心の中で思った。

 何回か艶ちゃんに会っている内に艶ちゃんは夜、宗右衛門町でホステスのアルバイトをしていると言っていた。

 昼間は化粧品店の店員をして、夜はアルバイトをしているらしい。その時に大学生の彼氏と知り合い、デートもして、プレゼントも貰ったと言っていた。化粧品店にアルバイトの事がバレたらどちらかを辞めると言っていたが、佳代にはどっちを辞めるのか見当がつかなかった。

 佳代の知らない世界だと思った。

 そして、艶ちゃんのアパートに泊まった日の朝、大学生の彼氏が来て、一緒にドライブに連れて行ってくれた。その彼氏の家に用事があると言う事で私も乗っていくように勧められたのだ。

 神戸の芦屋の山の上の辺りまで車が登って行って大きな家の車庫の前で止まり車の中からリモコンでシャッターを上げたのには驚いた。艶ちゃんも私も車から下りなかった。その大学生は家にどうぞとは、言ってくれなかったのだ。艶ちゃんは彼女なのに何故だろうと思った。

 大学生が家の中に入り用事を済ませすぐに車に戻って大阪の難波まで送ってくれた。佳代の頭の中がザワザワと気持ち悪かった。帰り、車の中に私は傘を忘れてきた。

 一週間が過ぎた頃、艶ちゃんから店に電話があり奥さんが私に繋いでくれた用件は、私に傘を届けるので近くの喫茶店まで来て欲しいとの事だった。

 奥さんに許可をもらいその指定された喫茶店に行ったら、艶ちゃんは来ていなくて男性の大学生が二人テーブルに向かい合って座っていて名前を呼ばれ、私は、案内されて席に着いたが二人の話に付いていけなかった。

 それに、私が注文したアイスコーヒーの言い方が可笑しかったのか、バカにされたような言い方が感じ悪かった。頭の中がザワザワとして嫌な事が見えてくる。

 どっちの男性が艶ちゃんの彼氏なのか、もう、私はどうでも良かった。

 親のすねをかじって良い車に乗って、夜の店に出入りするような大学生は、私の様な住み込みで働く女の子は面白いのか。二人の考えている事が透けて見えた。

 こんな惨めな気持ちになったのは初めてだった。

 それ以来、私は艶ちゃんのアパートには遊びに行かなくなったが、艶ちゃんが可哀そうになった。辛い思いをしなければ良いのだがと心配になった。

 


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