僕の失恋4 短編

美子に梅田で会ってから数か月が過ぎた。

 クリスマスにもお正月にも、僕の方からメールはしなかった。僕の頭の中は、あの時、美子の口から兄妹だと聞かされて停止したまま。まだ、整理がつかないのだ。いずれは、和歌山の本当の父親だと聞かされている社長に会いに行く事になるだろう。

 大学の方も無事に卒論も提出して気持ちが楽だった。卒業して四月になると勤務先が決まる。どこになるのかまだ分からないが先に、一カ月間、東京で研修がある。僕の会社は、全国に支店をもつホームセンター業界の有名な企業だ。業界の内容や企業の仕組みを研修で詳しく勉強する。僕の興味ある職種の仕事だと思っている。

三月も中旬に入った頃、母から電話があった。

 僕が、東京に研修に行く前に三人でご飯を食べようと誘いの電話だった。母には、美子と会った事も、兄妹だと聞かされたことも話していない。僕は、小さい頃から母から聞かされていた事が真実だと思い育った。

「正人のお父さんは、船乗りで船の事故で亡くなってしまったの。お母さんがお父さんの代わりに頑張っているんだよ。だから寂しくないよね。」

母は、僕が父親の事を聞くといつも同じことを繰り返していた。僕もそのうち父親の事を口に出さなくなっていった。

 そんな母も、昨年末に新しい父となる 白井照正と結婚して帝塚山の一軒家に二人で住んでいる。籍を入れただけの結婚だが母は幸せそうだ。

 母は、勤めを辞めて専業主婦をしているらしい。

それまでは、通いのお手伝いさんがいた。母と結婚してお手伝いさんも断って母一人で広い庭の手入れや、いくつもある部屋の掃除をこなしているそうだ。

「正人、母さんは、こんな広い家に住んだことがないので慣れるまで大変だったわ。主婦って忙しいね。会社に勤めていた方が楽だったわ。今度の日曜日には絶対に来てね。楽しみに待っています。」

 幸せそうな母は、弾むように明るい声で話していた。僕はあんなに明るい母の声を聞いた事がなかった。きっと母にとって人生で、今が一番幸せな時なのだろうと安堵したのだ。そんな時に、昔の辛い出来事を思い出させたくないと僕は心から思う。

 三月の下旬、新しい父となる人の帝塚山の家で僕は母さんが幸せそうな日常を送っている事を確認して、安心して大阪を離れた。

 四月になって、会社の東京の研修は一カ月間ホテル住まいだった。毎日、ホテルと研修のある商業施設を往復の繰り返し、他の事は何も考える余裕などなくホテルに戻ると食事して寝るだけの生活が一カ月過ぎた。

 僕の新しい勤務先が名古屋に決まり、一度大阪に戻り、引っ越しの準備やらマンションの解約手続きやらで慌ただしく名古屋の会社に近い公団に引っ越しを終えた。僕は、美子の事を考えると辛いので出来るだけ忙しく自分を追い込んで美子にメールをしなかった。

 名古屋が本社だった会社の近くに位置するホームセンターの店舗で販売担当になった。
商品の販売や商品の補充、陳列整理、発注、在庫管理などを行う仕事なのだ。その内、他県に転勤移動して、仕入れや店舗を回り販売促進のための仕事に従事するらしい。 色々な職種を経験してステップアップするのがこの業界の仕組みだと先輩から聞かされている。

 やっと新社会人として慣れてきた頃、大学の同級だった大沼京子からメールがあった。京子とは、大学の頃から緩く付き合っている。付き合っていると言っても京子に誘われると僕が付き合う程度の友達だった。僕は恋人とは思っていない。

 「正人くん元気? 新社会人としてバリバリ働いている? 今、何処に勤務しているの? 大阪に居ないのよね? 私は念願だった大阪の旅行会社に就職して、今はカウンター業務だけどその内、ステップアップして企画やマーケティングの方を担当できるように頑張るわ。」

「来月の第二、日曜日に会いたいよ。無理かなぁ? 雅人くんもたまには私を誘ってよ。勤務先を教えてくれたら何処でも私の方から出向いていくよ。」

 相変わらずマイペースな京子だった。前に聞いた事がある、僕のどこが好きでいつも誘ってくれるのか? 彼女曰く、僕の顔が自分の好みの俳優に似ている所と、何を言っても怒らない優しい所が好きらしい。

 「京子、ごめん。今回は無理だよ。仕事を覚える事で一杯いっぱいで不器用な僕にはまだ余裕がない。京子も分かるだろう、名古屋に来て社会人として断れない事もある。京子も仕事を頑張ってよ。その内、京子に海外旅行を頼むこともあると思うからその時には宜しく。」

 京子に断りのメールを書いたところで、僕は迷った。美子の事が気になっていた。今なら少し心の余裕もでてきた。しかし、何と書いたらいいのか? お互いに傷ついているのだ、僕が動揺したと同じように美子も苦しんでいるのだろう。

 会いたい思いはある、だが結論が出ない。トンネルの向こうに何も見えないのだ。真っ暗闇が続いている。明るい未来など見当たらない。

 すでに大阪に住んでいない事も、現在、名古屋に居る事も何も知らせていない。

 美子にメールをしようと書き始めたところで、突然、美子からの着信メールがあった。

 「正人、お元気ですか? あんな事を言ってしまって正人が苦しんでいると思うと話した事を後悔しています。でも、わたしの心の中に仕舞っておける話ではないと自分に言い訳したり、苦しい日々です。」

 「前に話した梅田にあるエステサロンの職場の同僚、女性の心を持った男性の事。彼女とルームシェアしていたのですが、彼女が好きな人、男性です。その人と今度、一緒にこの部屋に住む事になって、居候していた私が出て行く事になりました。」

 「正人は、すでに就職している事でしょう。今はどこに住んでいるのですか? わたしは、正人に秘密を話して以来、箍が外れたように気持ちを抑えられなくなりました。会いたいです。正人に会ってはいけない。大学一年の夏以降、今までずっと何年も心に押し込めていたのに。限界です。会いたい。」

 美子からのメールを読んだ後、ざわざわッと得体のしれない物が僕の心に湧き上がり抑えられなくなった。美子に会って力いっぱい抱きしめたいと理性とは逆行していく自分が怖かった。

 


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