大阪暮らし8 遠距離恋愛

 「夏美ちゃん、連絡ありがとう!嬉しかったよ。夏美ちゃん、仕事慣れてきた?夜の仕事って大変でしょう?生活が変わるもんねぇ。教えてもらった店の場所が分かりにくくて通っている人、二人に聞いてやっとこの店に辿り着いたよ。」

 「内のアパートの管理人さんは午前中、いつも留守にしてるから夏美ちゃん電話くれるなら水曜日の夕方が一番いいよ。私、水曜日休みだから大体夕方はアパートにいるから。また電話してね。」

 土曜日の夜、仕事が終わって佳代は夏美の働く心斎橋のクラブに遊びに来た。佳代は一月に二十歳になったので、お酒が飲めるのだ。夏美に教えてもらったお店は、心斎橋から宗右衛門町に入った場所にある小さなクラブだった。

 松屋町で夏美と佳代、二人暮らしだった頃。昼間、化粧品店の仕事が終わると夏美がよく通って、遊びにきていたお店だと言っていた。

 店に入ると、知らない世界の雰囲気が佳代を緊張させた。薄暗い店内には、キラキラしたシャンデリアの薄いピンクの灯りに天井からぐるぐると回る照明。そんな空間の中、アンティーク調のテーブルが五個並び、大きな観葉植物の奥にもテーブルが五個並んでいた。

 奥のテーブルまで縦に長いカウンターがずっと奥まで続いていて、若い男性のバーテンさんが三名入っているようだ。バーテンさんの前にはキレイな女性が座って楽しそうに、おしゃべりしながら、綺麗な色のお酒を飲んでいた。佳代が店に入った時間が七時過ぎだったので店は混んでいなかった。テーブルの客の横には女性のホステスさんが両脇に座っていた。

 「あっ!佳代ちゃん来てくれたんやねぇ。ありがとう。もう、二十歳になったと思ったから誘ってみたんよ。早速来てくれて嬉しいよ。ありがとう。」

 夏美は、佳代が来るのを待っていたようで店に入ると店の奥の方からやってきて佳代のそばまできてくれた。きょろきょろと落ち着きのない佳代の様子に余裕で笑いながら奥の方へと、案内してくれたので佳代は安心した。

 夏美がバーテンさんの顔を見て暗黙の了解なのか一番奥のテーブルに座るように言われて佳代と夏美は二人向かい合って座った。

 「佳代ちゃん!新しいお店少しは慣れてきた?講習会上級まで進んだんやろう?もうメイクやマッサージもお客様にしているんやろう?たくさんの店員さんが居てたら気い使って疲れるやろうなぁ?まぁ、佳代ちゃんはいつも明るいから落ち込む事もないやろうから、心配はしてへんけどな。」

 「そうや、何か飲む?無理にお酒を注文せんでもジュースでもええねんで!今日は私が招待してんからマスターにも言うてる。でも、二十歳になった記念に一度お酒飲んでみるか?甘いカクテル作ってもらったろうか? 桃のカクテル甘くて美味しいよ、お酒やけど口当たりがええから経験の為佳代ちゃん一度飲んでみいぃ!」

 夏美は、佳代が来てくれて嬉しそうだった。そして、夏美の友達である佳代を店に招待させる経営者のマスターも優しい人で夏美の職場の環境も良い感じで恵まれていると佳代は安心した。夏美の言葉に佳代は甘えてカクテルを頼んだ。

 「うわぁ~キレイなお酒!ピンク色!グラスも小さくて可愛いねぇ。」

 佳代は目の前の、初めてのお酒で興奮していた。少し飲んでみると甘くて後口が桃の香りで美味しかった。店の雰囲気と言いお酒といい佳代は大人になった気分で気持ちが、胸の奥がほんわりした。

 「あぁ~佳代ちゃんお酒、飲めるやん!美味しいやろう?でも一杯だけにしときやぁ。帰り一人で帰らなあかんねやからね。会計は今日は私のおごりやから!」

 夏美が心配して言った。暫く二人は近況を報告しあって満足した頃、店に少しずつお客が入って賑やかになってきたので佳代は店を出た。今日は仕事が六時に終わるとすぐにアパートに帰って着替えて心斎橋にやってきたのだ、佳代はお腹が空いていた。さっき飲んだ一杯のお酒が頭の芯を緩くしていた。

 アパートに帰る途中、天王寺のいつもの総菜屋で店じまい前の店先に盛ったコロッケを買って帰り、昨日買ってあった食パンにコロッケを挟んで夕食にした。明日は、日曜日で忙しい日、化粧品のイベントの日なのだ。朝から佳代は一番先に出勤して、店の表に貼るイベントのポップを描かなければいけないので、明日の準備をして銭湯にでかけた。

 「あっ!佳代ちゃん。今、お風呂?私はもう上がって帰ろうかと思ってたよ。明日、佳代ちゃんは早出だね、ポップ描くの上手だからいつの間にか佳代ちゃんの仕事になってしまったね。今日は出かけてたんでしょ。疲れてるだろうから早く寝てよ。じゃ、また、明日店でね!」

 仲良しの美緒と銭湯で偶然会った。最近、店で美緒は以前の様に昼休みにも帰りにも、佳代にくっ付いてこなくなっていた。原因は分かっている。店に出入りする大手化粧品セールスマンが原因なのだ。そのセールスマンが美緒のお気に入りなのに最近、佳代によく声をかけてくる、佳代はまったくその気は無い。

 美緒は、佳代に好きな人がいる事もクリスマスパーティーや誕生日のプレゼントをもらった事も知っていたのだが、心は複雑なのだろうと思い佳代は、その事には触れない様にしている。

 「佳代ちゃんお元気ですか?僕の勤務先が決まったよ。本社のある大阪かと思っていたら、福岡支店になった!数年したら本社に戻れるらしいけどね。あぁ~佳代ちゃんと前の様に会えなくなると思うと辛いよ。大阪と九州福岡だと遠いよねぇ。会いたいよ!仕事、忙しくしてる?」

 「僕の会社は建設会社だから学校やマンションや道路やトンネルを作ったり色々だけど僕は福岡支店で公共の工事に携わる仕事でね、思っていたのとちょっと違ったけどまぁ、これも勉強だからね、がんばるよ。また、手紙を書くね。 石田理より。」

 四月の中旬に福岡勤務になったオサムから手紙が届いた。三月までは月に一度ほど、天王寺のお店にも男性化粧品を買いにきてくれていた。いつも店が終わる間際に来て佳代の仕事が終わるのを待ってくれて近所の喫茶店でコーヒーを飲み、お互い最近読んだ本が面白かったと言い合い、おしゃべりを楽しんだ。オサムはいつも優しく佳代を見守ってくれていた。

 「オサムさん、お手紙ありがとうございます。九州福岡ですか?もう、そちらに住まれているんですよね。大阪にはいないのですよね?寂しいです。会いたいです。今は、仕事も少しは慣れてきたのですが人間関係で疲れています。」

 「仲良しだった美緒ちゃんが離れてしまいました。美緒ちゃんが好きな人が店によく出入りする人で時々私に話しかけてきます。私はどおってことないのですが、美緒ちゃんにとって嫌な事なのですよね。仕事上その人と話さない訳にはいかないし、美緒ちゃんは、私がオサムさんを、好きな事知っていると思うのに…。」

 「ごめんなさい。なんか、変な手紙になりました。そのうち美緒ちゃんも分かってくれると思いますよね。美緒ちゃんとその人が上手く行くように願っています。」

 「私のお店で、六月に社員旅行があります。静岡の温泉地らしいです。楽しみです。その前に一度、そちらに遊びに出かけても良いですか?でも、無理ですよね私のお休みは水曜日。オサムさんのお休みは日曜日でしょう。ごめんなさい、忘れて下さい。無理な事を言ってしまいました。 また、手紙書きますね。 佳代より。」

 五月に入り、近所の公園や商店街への街路樹、街並みが新緑の美しい佳代の好きな季節となっていた。朝から清々しくお店に入り忙しく働いていた佳代に、思いがけず二年先輩の頼子さんからクレームがきた。

 数日前、頼子さんが用事で代休を取っていた時に佳代が接客したお客様が頼子さんのお客だったと言われた。今日、その客から佳代に指名がきたのだった。

 「佳代ちゃん!安田さんが佳代ちゃんにマッサージをお願いしたいと言っているの!私がお休みの日に接客したの佳代ちゃんよね!安田さんに何か言った?私の客を取らないでよ!」

 佳代の側に来て、カウンター越しに小声で言うが頼子はすごい剣幕だった。安田さんは、すでにマッサージルームに入っているらしくマッサージを始めようとすると佳代にやって欲しいと言い出したそうだ。

 「頼子さん。私は何も言っていませんよ。あの日、皆さん手が空いていなくて主任の武田さんが佳代ちゃんがやってくれたら良いから、後日私の方から頼子ちゃんに言っとく!って急かされた事は覚えていますが。化粧品もその日は買ってもらっていませんし…。」

 佳代が困っていると、近くにいた主任がきて頼子さんに事情を話してくれた。頼子さんも分かってくれたのかと思っていた。

「お客様の安田さんを待たせているのは良くないから、ご要望通り佳代ちゃん!マッサージをするように。」

 と、主任に言われて佳代は頼子さんの顔を見れず、マッサージルームに入った。その日の仕事は帰りまで気まずく憂鬱だった。以前なら美緒ちゃんが飛んできて佳代をフォローしてくれたのにと思うと寂しかった。いつになったら美緒ちゃんは分かってくれるのだろう。

 


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