僕の失恋7 短編

年も明けて、もう三月が終わろうとしている。

最近、やっと新しい職場での仕事にも慣れてきた。

 変わった事と言えば、毎日車移動で支店を回ったり商品を買い付けの下見に出かけたりと車生活が多くなってきたこと。そして、愛知県の名古屋市辺りの詳しく載っている地図も買った。携帯の画面では分かりずらい時もあって大判の地図が便利だ。

 もう一つ変わった事は、数回に一度は先輩も一緒に車に同乗する事だった。

 僕は先輩に気を使って疲れる時もあるが、先輩に教えてもらう事も大切な仕事だと思っている。僕の知識の引き出しが増えていくので僕にとって仕事のスキルがアップしてくると日に日に感じる、嬉しい事だ。

 今朝は、昨夜仕事帰りにコンビニで買ってきた菓子パンと牛乳で簡単な朝食をすませて、さて出勤しようと後片付けを始めたところで携帯が鳴った。

 仕事の電話だと思い、取ったら、美子からの電話だった。いつもはメール交換で電話は、しないようにお互い暗黙の決まり事だった。僕は何か胸騒ぎがしていた。

 「正人、突然でごめん。昨日の夜に、父が。父が、母の病院に向かう途中で対向車のトラックと正面衝突して、救急車で病院に運ばれたけど、すでに息絶えていたって 。父は車に挟まれて即死状態だったって警察から電話があったの!」

 美子は、病院から電話をかけているのだと言った。その声は泣き疲れたのだろう、消え入りそうな掠れた声だった。

 「美子!大丈夫か?なんて言って良いのか分からないけど…。美子が心配だよ。」

 僕は、あまりの衝撃で言葉が出てこなかった。

 「母の手術が上手く行って、やっと退院の話が先日あったばかりなのに…。どうして父が…。旅館で働いている人たちが病院に来てくれていたけど、さっき帰ってもらったの。この先、どうなるのか見当もつかないわ。」

 「あっ、ごめんなさいね、正人は朝から忙しいのに又、連絡します。」

 僕は、気持ちが動揺していたが出勤の時間が少し過ぎていたので慌てて駐車場へ急いだ。その日の仕事は、一日中美子の事が気になってしまって、深呼吸を何度もして気持ちを切り替えるのが大変だった。

その日の夜、僕は大阪に住む母に電話をした。

「あっ。母さん、大変な事になったんだ。今日、和歌山の美子から電話があって社長が交通事故で昨日亡くなったんだ。奥さんも昨年から心臓が悪くて入院していたんだが、社長は、病院に行く途中で事故にあったらしい。」

 僕は母に電話をするのを躊躇したが、知らせない訳にはいかないだろうと判断しての事だった。僕も母も社長にはお世話になったんだ。母だけでも…。いや、僕も会社に頼んで一日だけ休みをもらってお葬式にでないと。

 次の日の朝、僕は和歌山に出向いて行った。母は、大阪から一人で行くからと連絡があったのだ。

 美子の実家の旅館には、従業員が20名ほどいる。全員が協力してお葬式にあたっていた。これから先、美子は旅館はどうするのか?ゆっくり話ができる暇はなかった。お母さんはまだ病院に入院していて居なかった。

 「あっ!美子ちゃん。この度はご愁傷様でした。大変だろうけどね、気を落とさずにお母さんを大切に労わってあげてねぇ。」

 僕の母がお悔やみに来ている人たちに混じって挨拶しているのが見えた。美子は忙しそうに立ち動いていたので話しかけるタイミングが見つからず結局お葬式が終わるまで話せなかったのだ。

 「あっ。正人さん、この度はわざわざ来てくれてありがとうございました。お母さんにも来ていただいて遠い所すみません。」

 僕と母とが並んで座敷の隅で残っていたのを美子が気が付いて側にきて深く頭を下げた。僕は、美子から聞いた社長の言葉をまだ家の母には話していなかった。美子は、その後、母親から僕たちが血が繋がっていない他人だと聞かされていたので安心しているのだろう。

 しかし、社長がいない今は、僕の母だけが知っている秘密なのだ。母が、美子の母に作り話を吹き込んでいたのなら社長の言葉が本当だろう。

 機会を見て、母に確かめなければいけない。逃げられない現実だった。 美子とゆっくり話ができないまま帰らなければいけないのは辛いがすぐに帰る時間は来た。

 「美子、僕と母さんと一緒に大阪まで帰って、そこから僕は名古屋に戻る。又、夜にでも電話をしてくれないか?どんなに遅くなっても待っているから。話したい事があるんだ。」

 僕は、帰りの大阪までの間に母に社長の言葉を話してみようと思っていた。このタイミングで話さないと、メールや電話では母の顔を見て話せない。母の、様子や微妙な顔の変化も見逃してはいけないと思っていた。

 「母さん、ちょっと話があるんだ。隠さないで正直に僕に話して欲しい。」

 僕は、和歌山から大阪の天王寺までの特急電車の中で話し始めた。今しかないと考えたのだ。母は、僕の向かい側の座席に座っていた。平日なので電車は混んでいないのでゆったりと座れた。

 「突然だけど、僕は、美子の事が好きなんだ。他の人と付き合った事もあるがどうしても美子じゃないと結婚は考えられないと思っている。」

 話すのに勇気がいったが話始めるとスムーズに言葉が出てきた。母は、じっと黙って聞いている。

 「美子も大学一年生の夏に、東京から和歌山の実家に帰省した時に、社長に僕が好きだから将来結婚したいと話したそうだよ。すると、社長は物凄い剣幕で怒ったそうだ。そして、社長に言われた言葉が衝撃的で美子と大喧嘩になって以来、美子は和歌山に戻っていなかったと言っていた。」

 「母さんは、社長が何を言ったのか分かるかな?社長は、昔、母さんと付き合っていたが別れて美子のお母さんと結婚したと言ったんだ。衝撃的なのはこの後だったよ。」

 「僕と美子は腹違いの兄妹だから結婚は絶対に許さないと言ったんだ!」

「母さんはどう思う?この話は本当かなぁ? 僕は母さんを責めているんじゃないんだ、僕にとってそんなことはどうでも良い事だ。ただ、僕と美子が結婚できるかどうかを聞きたいだけなんだよ。」

 「昨年の秋に美子のお母さんが心筋梗塞で倒れて、美子は、和歌山の実家に戻ってずっと今まで付き添っているんだ。そんなところに社長の事故が起こってしまった。僕は美子にどう慰めて良いのか分からない。」

 「美子のお母さんも、母さんと同じ事を言っていたらしい。正人さんのお父さんは外国船の船乗りだった人だから、美子は正人くんと結婚できるんだよ!と、言われたらしい。 どっちが本当なのか僕には分からない。」

「どちらかが勘違いをしているのかも知れない。真実は母にしか聞くことができないんだよ。辛いなら、詳しく話さなくても良いから、僕が美子と結婚できるかどうかだけ言ってくれたらそれで良い。それだけで良いんだ!」

 母は、俯いてずっと黙ったままだった。もうすぐ大阪天王寺に電車が到着する、結局母は、何も話してくれないのか。

 「母さんには、辛い事がいっぱいあった和歌山の時代だったんだね。思い出させて悪かったよ。僕は、母さんの言葉を信じて美子と結婚するよ。良いよね。賛成してくれるよね?」

 もうすぐ、天王寺に到着します。と、特急電車のアナウンスが流れだした。その時。

 「正人、だめだよ! 美子ちゃんと結婚しちゃだめ!昔、作り話でも、ああ言うしか母さんは生きていく術がなかったんだよ。それに美子ちゃんのお母さんに本当の事が知れたら傷つけるだけじゃなく、赤ちゃんだった正人を抱えて母さんが生きていく場所がなかった。旅館で働かせてもらうには、船乗りの父親の話が必要だったんだよ。」

 母は、目に涙をいっぱいためていた。僕は想像していた以上に母にとって辛い話を聞いたのだ。若いこれからの人生がある僕の事よりも母が可哀そうになった。赤ん坊の僕を抱えて生きていく厳しい現実を思いやると僕は母を責める事ができないと思う。

  「そうだったのか、大丈夫だよ。母さんが悪いんじゃない、社長が一番悪い。そして、社長の両親が悪い。母さんの人生を狂わせたんだ。母さんのせいじゃないんだよ。僕は大丈夫だから。美子の事は、きっぱりと諦めるよ。母さんに心配はかけないから安心してよ。僕は、母さんに感謝しても仕切れないほどの苦労をかけたと思っているんだからね。」

 「もう、その事は、気にしないでね、忘れてよ! 美子にも話すよ、もちろん美子のお母さんには絶対に秘密にしてもらう。心臓の悪いお母さんに聞かせたら大変な事になるからね。ホント、母さんは心配いらないから大阪の帝塚山のお父さんと仲良く暮らしてね。僕は仕事を頑張るよ。大丈夫だから。」

 話が終わる頃に、特急電車が天王寺のホームに到着した。母は、ハンカチで涙を何度も拭いていた。僕は、天王寺で母さんと別れて新大阪から新幹線で名古屋に向かった。

 帰りの新幹線の中で僕は、シートに体をあずけ物思いにふけっていた。

 やっぱり美子と兄妹だったのだ。美子の事を考えると心の奥底から湧き上がる何かが、ざわざわしてきた。

 あの時、美子のお母さんが倒れていなかったらいずれは、僕と美子は一緒に暮らしていただろう。そうなれば僕たち二人は取り返しのつかない事になっていた。

 そう思う反面、もう一人の僕が世間やモラルを無視しても誰も知らない事だ、美子と結婚しても子供さえ作らなければいいんじゃないのか。と悪魔の様に囁く僕もいた。

  僕は眠気でうとうとしていた。美子と二人、靄のかかった林の中で道に迷いながら彷徨い歩いて疲れ果てた時、いつの間にか熱い体を合わせて微睡んでいた。

  目的の名古屋に着く直前、新幹線の柔らかい音楽と共にアナウンスが名古屋到着を知らせていた。僕は我に返り、はっきりと目が覚め現実に戻った。


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