大阪暮らし7 デート

 「ごめん、ごめん。佳代ちゃん、待った? 先週の水曜日僕は来れなかったから今日は、ちょっと心配してたんだ。佳代ちゃん、きっと待っているだろうなぁって思ったけど連絡のしようがなくて。アパートの管理人さんの電話にかけたけど留守だったみたいで繋がらなくてね。」

 中之島の図書館がある建物の前に、石田理は息を切らせて走ってきた。

 「あっ、私も今来たところです。先週も図書館で探していた本が気になっていたので大丈夫です。多分、忙しいバーテンさんは、今週だろうなぁって思っていましたから。」

 「あははは。佳代ちゃん、そのバーテンさんってのはちょっとね。これからは、僕の事オサムと呼んでよ。理と書いてオサムって言うんだ。」

 「はい。オサムさん、そうします。」

 佳代は、嬉しかった。気さくに話せるオサムさんと今日は映画を観にいくのだ。二人は心斎橋の映画館まで歩いた。歩きながらオサムの話す、今日観る映画の説明を聞き逃すまいとオサムのすぐ横を並んで歩いた。

 佳代は、大阪にきて初めての映画鑑賞だった。オサムと観る映画はカトリーヌドヌーヴのシェルブールの雨傘というミュージカル映画だった。

 「私、楽しみです。映画は大阪に来て初めてなのでずっと憧れていました。今日は誘ってもらって嬉しかったです。ありがとうございます。」

 「そうかぁ。良かったよそんなに喜んでもらって。でもまだ観ていないからなっ。」

 佳代と並んで歩く笑顔のオサム。夢中で話すオサムの横顔を佳代はずっと忘れないだろうと思った。

***

 阿倍野にある佳代が勤める化粧品店は年末商戦の真っただ中だった。各メーカーのセールスマンが度々店に訪れては在庫の確認をした後、応接室では社長と話し込み化粧品を売り込んでいた。

 クリスマス前にも化粧品が良く売れていた。各従業員は、自分の客を大切にするために店の奥のカウンセリングルームに誘って、お客様の顔のマッサージや手入れを行いお勧めの化粧品を買ってもらう。

 佳代は、まだ自分の客は付いていない。やっと化粧品の説明や商品の置いてある位置など覚えたところだった。

 「佳代ちゃん、ちょっと来てくれる!? こちらは、近所の団地に住んでいらっしゃる道端様よ。ちょっと口紅を選んでさしあげて!台帳を見ながら過去の色を確認してね。」

「道端さま。この娘は佳代ちゃんです。今年の秋に店に来たばかりですがセンスはいいんですよ。どうぞ御ひいきにしてやってくださいね。」

 主任の武田さんが佳代を紹介してくれた。

 道端様は、主任の上客だった。気心も知っている道端様を佳代のお客様にしてくれようとしているのが分かり佳代は緊張したが嬉しかった。最近もまだ雑用や店先の小物ばかり売っていたのだ主任は、それを知っていて気使ってくれたのだろう。

 佳代は、カウンターの上にある重そうな台帳が道端様のページに開かれているのを見ると主任が準備してくれたのだと感謝した。台帳には、住所や氏名、好みの色や過去に買った化粧品の名前がずらっと書いてあった。

 「道端様。黒髪がとてもきれいですね。今まで、薄い色の口紅が多かったように思いますが、今回は思い切ってもっとはっきりとした赤い口紅はどうでしょう?黒髪と良くあってお顔だちが明るく見えて若々しくなりますよ。」

 道端様は黒髪を肩まで垂らして前髪を一本のヘアピンで止めてあった。佳代から見ると50代の半ばだろうと思うが個性的な人だと思った。ピンク系が好みと書いてあるがハッキリとした赤系の色がこの方には似あうと思った。佳代の手の甲に今まで使っていた薄いピンクと並べて赤系の色を塗って見てもらった。

 「そうねぇ。クリスマスも近いし、赤い色も試してみようかしら!?でもちょっと勇気がいるわね。一度唇に塗ってもらえる?」

 「はい。分かりました。どうぞこちらへ!」

 佳代は、初めて奥の部屋までお客を案内した。大きな鏡の前に座ってもらい佳代が選んだ赤い口紅を塗ってさしあげると道端様には印象的な黒髪と赤い口紅がマッチしてよくにあっていた。

 「そうねぇ。今まで赤い色は勧められても付けた事なかったけど若い貴方から見てへんじゃないのなら、これからも赤を選んでみようかな?コレ、下さる。今日は時間がないので基礎化粧品はまた今度ゆっくり時間がある時にくるから、今度は、佳代ちゃん選んでね。」

 満足した様子で道端様が笑顔で言ってくれた。佳代のお客様第一号になってくれたのだ。これも主任のおかげだと感謝した。

 「佳代ちゃん、良かったね。主任、いいとこあるよね流石主任だわ。自分の上客を佳代ちゃんに紹介してくれるなんて。他の皆とは言わないけど、なかなか譲ってくれないよ自分の客は取られたくないんだから。ぴりぴりしている感じ、嫌だね。」

 お昼休憩に入る前に同い年の美緒ちゃんが声をかけてくれた。店の従業員の先輩方は売り上げを競っているらしく美緒ちゃんの話では、其々毎日化粧品の何を売ったかメモっているそうだ。それもそのはず、賞与の時やイベントごとに金一封がでるらしい。

 佳代はまだそんな話は主任の武田さんから聞いていないがいずれあるだろうと思った。

***

 「あっ!佳代ちゃんごめんね、待った? おっ!今日は一段とおしゃれだね。可愛いよ。そのワンピース、佳代ちゃんに良く似合っているね。」

 クリスマス当日、約束の時間を少し過ぎていた。オサムが慌てて走ってきた。佳代の服装は、この日の為にお昼休憩の時間に美緒と一緒に選んだものだ。佳代が勤める化粧品店の並びの洋品店で、花柄のミニのワンピースを何度も迷って選んで買った。

 店の前を通る度に、「可愛いね、このワンピース欲しいね」と、美緒といつも話していたのだった。

 佳代の整った顔立ちとスタイルの良さが際立っていて、人目を引くほど良く似合っていた。お化粧もナチュラルだが佳代の良い所を生かすことで品の良いお化粧だと社長も褒めてくれるほどだった。

 待ち合わせの場所は、道頓堀川にかかっている戎橋の上。待ち合わせの場所にうってつけの分かりやすい場所だったが年末はいつもに増して人通りが多くごったがえしていた。

 心斎橋のパーティー会場へは少し遠いが先に食事をしてから行こうとオサムが言い出して心斎橋ミツヤで食事をすることになった。純喫茶ミツヤは洋食が評判のお店で若者から子供までが喜んで入る店だった。

 オサムと一緒だと経験した事のない事ばかりで緊張するが佳代はいつも心躍ってわくわくしていた。

 「佳代ちゃん、何にする?僕は、ナポリタンスパゲティ!にするよ。」

 オサムがメニューを広げて佳代に聞いた。佳代は、どれもこれも美味しそうで迷ってしまう。食い入るように佳代がメニューを見て、決めかねていると。

 「佳代ちゃん、オムライスも美味しいって友達から聞いた事があるよ。試しに頼んでみる?」

 「はい。そうします。」

 佳代は、オサムの言う通りオムライスにした。しばらくして運ばれてきたオムライスとスパゲティ!目の前の美味しそうなオムライスにはメニューの写真の通り、鮮やかな黄色いタマゴの上にデミグラスソースがかかっていた。

 佳代が今まで知っている赤いケチャップではないのも驚いた。

 オムライスの匂いが、佳代の食欲を旺盛にしていた。全部、残さずあっという間に食べてしまって、顔を上げるとオサムはまだスパゲティを食べている最中だったのだ。恥ずかしくて顔が真っ赤になってしまって焦った。

 佳代は体中に冷や汗をかいていた。そんな佳代を見てオサムは可愛いなぁと思っていたのだ。

***

 年が明けて一月も下旬、オサムから手紙が届いた。

 「佳代ちゃん、お誕生日おめでとう。二十歳だね。お酒も飲めるし選挙権もある。大人になっておめでとう!クリスマスパーティーは楽しかったね。あの日の佳代ちゃんの事が僕の友達たちの間で評判になってね、僕は鼻高々だったよ。皆、口を揃えて佳代ちゃんがキレイで素直で良い子だって言ってくれたんだ。」

 「僕は、卒論も提出してこれで気がかりな事もなくなり大学生活が終わる。後数か月で就職先の会社からの知らせで勤務先が決まり社会人となるんだ。どこに決まろうと佳代ちゃんとこれからも付き合っていきたいと思っているよ。 高価な物はまだ無理だけど心からお誕生日のプレゼントを贈ります。又、手紙を書きます。 石田理。」

 佳代は嬉しかった。佳代の誕生日を覚えていてくれた事が。封筒の中には薄白い紙の中に、トップに小粒の真珠が付いたネックレスが入っていた。これから先のオサムとの付き合いが嬉しくて喜びに心ときめいていた佳代だった。

***

 佳代が勤める阿倍野の店では、一月に成人式を迎える従業員がいれば、その人たちの為に食事会が開かれる事になっていた。今年は、佳代と美緒ちゃん二人が二十歳になる。成人式に故郷に帰れない人の為に社長の気遣いだったのだ。

 そして、社長の気遣いもまだあった。社長の奥さんが一人一人の故郷の両親の元に暮れになると、温かい衣服を贈っていた事もこの店の先輩である美緒ちゃんから聞いて佳代は、初めて知った。きっと今年は、佳代の田舎にも贈ってくれているのだろう、今度田舎にも手紙を書こうと思っていた。

 「佳代ちゃん、今度の私たちの食事会の時に発表があるらしいよ、今年の六月の恒例の慰安旅行の行き先が!今年は、化粧品メーカー会社の招待らしい。うちの店が昨年の化粧品販売売上のトップだたんだって。静岡の温泉に、ご褒美旅行だと社長が話していたのを応接室にお茶を出していた、二年先輩の頼子ちゃんがチラッと聞いたらしいよ。」

 美緒ちゃんが大きな目をくりくりさせて嬉しそうな顔で佳代に話した。その噂は店の人達全員にいきわたり店の空気も、今まで以上明るい毎日となって朝礼のミーティングでも笑顔が絶えなかった。

 化粧品アドバイザーも大変な仕事だが昨年と大きく変わった佳代の生活だが、石田理の事もお店の事も生きる希望で膨らんでいた佳代だった。

 夏美ちゃんは元気に暮らしているだろうかと、ふと、思い出していた。

 

 


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