僕の失恋2 短編

「正人、わたしは元気で過ごしています。大阪の難波で正人に会っていたとは思ってもみなかったわ。和歌山の田舎にはまったく帰っていません。これからも帰る予定はありません。正直、帰りたくないのが本音かな。」

一カ月過ぎた頃、美子からメールの返事がきた。

「わたし、東京の大学を辞めたのよ。理由は聞かないで。わたしなりに考えての事だから。住所も変わったから手紙も届かないと思う。実家からの仕送りも貰っていないから、毎日働いています。幼馴染の正人の事は忘れていないから安心して。わたしは変わったのよ。」

 僕は、美子からの返事を何度も読み返した。花火大会に帰っても美子には会えないと思うと辛い。どうして急に美子は変わってしまったのか、僕にはまったく心当たりがない。

 美子へのメールの返信をすぐにでも書きたかったが、どう書いていいのか、言葉がみつからなかった。

 和歌山の美子の両親も、きっと、がっくりきているだろうと心配になった。美子は、東京の大学を卒業したら和歌山に帰って旅館の後を継ぐからと約束をして東京の大学へ行かせてもらっていたのだ。父親である社長やおばさんの気持ちを考えると遣り切れなくなった。

 夏の花火大会にも僕も帰らなかった。美子が居ない田舎に帰っても仕方がないのだ。

 来年の一月末には、卒論提出がある。既に、就職先も決まっている僕は時間がある。それまでは、ずっとバイトに明け暮れた。

 そんなある日、お母さんが突然僕に話があると言い出した。母も毎日、会社で頑張っている。二人暮らしでずっと苦労している母に、僕は就職してお給料をまともに貰う様になったら母を旅行に連れて行こうと思っていた。

 「正人、良く聞いて。今度の日曜日、会ってもらいたい人がいます。母さんは、その人と結婚するつもりなの。正人も、春には一人前に社会人になる、母さんが居なくてもあなたは、もう大丈夫だと思います。これからは母さんは自分の残りの人生を大切に生きていこうと思っているのよ。正人も賛成してね。」

 僕は狼狽えた。

 まさか、母が結婚? そうか、よく考えてみると母もまだ四十五歳だ、若いのだ。自分の人生を考えて選んだ人だろう。今まで僕の為に自分の人生を我慢していた、複雑な気持ちだが僕は快く賛成してあげようと思った。

 「正人は、今のこのマンションに住んでね。母さんが出て行きます。結婚するその人の家に、引っ越すわ。もし、正人の勤務先が他の町に変わるのなら、このマンションを解約してね。ごめんね、急な話で。でも、今が母さんにも正人にも一番良いタイミングだと思ったから。」

 「その人は、職場の上司なんだけどね。五年前に奥様を亡くされて子供さんもいないし、一人暮らしをされている人なの。正人もきっと気に入ると思うわ。優しい人よ。大阪の人。親戚も亡くなられて天涯孤独の身の上らしいの。」

 そう言って母は、穏やかに少しはにかみながら笑顔で言った。そうかぁ、母さんは女性なんだよなぁ。僕は複雑だが、とても嬉しかった。僕も少しは成長したかなと一人納得したのだった。

 いよいよ、新しい父親と会う緊張の日曜日が来た。

 何だか緊張する。どんな人だろう。一応、父さんになる人なのだから僕も嫌われない様に母が傷つかない様に上手くやらないといけない。昼前に、母と一緒に出掛けた。

 「やぁ。どうも今日は来てくれてありがとう。正人くんだね。お母さんから、いつも話を聞かされているよ。思った以上にハンサムだね。今風に言うと、イケメンなのかなっ。よろしく頼むよ。」

 そう言って新しく僕の父親となる人が大きな手を差し出した。

 梅田まで出て指定されたお店は懐石料理のお店だった。和室の中に案内されて母と席に着くと、すでに来ていた義理の父親になるこの男性は、恰幅の良い清潔感のある優しい目をした人だった。

「あっ。初めまして、山口正人です。母がいつもお世話になっています。」

 僕は、ちょっと緊張していた。

 「そんなに緊張しなくていいよ。僕の方が緊張するからね。僕は白井照正と言います。お母さんから話を聞いていると思います。どうぞ宜しくね。正人くんも来年は社会人だ、大人の付き合いをしよう。たまには僕と一緒に飲みにでも行ってくれたら、ありがたいがね。」

 気さくに話してくれる白井さんは、僕にとっては好印象だった。さすが、母さんが選んだ人だと思った。

 その日の夜に、美子にメールの返信をした。

 「美子のメールを見て驚いたよ。大学もやめて実家にも帰ってなくて、仕送りすらも拒んで。美子にいったい何があったんだ?心配だよ。僕の方は、大阪の大学で頑張っているよ。就活も無事に終わり、来年は新社会人だ。」

 「美子と離れて大阪に引っ越して来て四年が過ぎるね。時々近況を教えてくれていた美子から突然メールがこなくなって僕は寂しかったよ。離れてみて分かった事がある。僕は美子が好きだったんだと、この間、難波で見かけた時にはっきりしたよ。男の人と一緒だったね、美子の彼氏か?」

 「一度、美子と会って話がしたいよ。無理かなぁ? メール待っています。あっ、そうそう。僕の母さんが再婚するよ。と言っても僕の父親は小さい頃に死んだと聞いているから、初めての父親ができるんだ。義理父だけどね。」

 「嬉しいよ。母さんには苦労かけたからな、僕の為に今まで一人で頑張ってくれたんだ、幸せになって欲しいよ。これから母さんには親孝行しなくちゃと思っていたら結婚するってさ。まぁ、母さんが幸せになってくれるならそれもアリかな。そう思うだろう美子も。」

 美子が大阪の心斎橋で一緒に歩いていたのは恋人だ!と言われたらどうしよう。辛いよなぁ僕!と不安な気持ちをかかえながら送信した。


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