大阪暮らし10 初体験

「佳代ちゃん!待った?」

 オサムが九州に勤務先が決まってから一年が過ぎ、初めての大阪への出張だと連絡をくれたのは、五月の中旬だった。佳代の定休日の水曜日にオサムは合わせてくれた。

 待ち合わせの場所はいつもの中の島の図書館前。オサムは以前に増して男らしくなり端正な顔立ちが眩しい。

 「オサムさん、私も今来た所です。お元気そうで、良かった! 今日は誘ってくれてありがとう!この、中の島の公園も今、薔薇が満開で一人で先週もきたところだったのよ。いつも手紙でしか話せないから今日は会えて嬉しい!」

 佳代はちょっと緊張していた。オサムと会ったのは一昨年のクリスマス以来だったので顔を見ると恥ずかしくて、つい伏し目がちになっていた。手紙は月に一度、お互いに近況報告など。遠距離恋愛の寂しさを佳代は手紙にいつも書いていた。

 「薔薇が綺麗だね、少し公園を散歩しよう! それから、僕の知っているお店でお昼を食べて買い物に付き合ってくれる?」

 オサムは、以前と変わらず佳代に優しく接してくれている。二人は公園の薔薇を見ながら歩いた。佳代は、昨年の社員旅行の話やお店の話、佳代のお客さんになってくれた女性の話など尽きない。

 「佳代ちゃんは相変わらず頑張っているんだね。僕も慣れない土地で目の前の事だけをがむしゃらに頑張ったよ。今は、会社の人達や住んでいる場所にも慣れて落ち着いてきた所だ。」

 「以前、佳代ちゃんがお休みの日に僕の所に着たいと話していた時は、ハッキリ返事ができずにごめんね。今なら、気持ち的に余裕もできたからいつでもどうぞ!」

 オサムは少し照れながら、ふざけたように笑いながらいつでも九州に会いに来て!と佳代を誘った。

  「今日は、一日佳代ちゃんとゆっくりできるんだ。今夜はホテルを取ってあるから、明日の木曜日の夕方、福岡に戻れば次の日、会社には間に合うからね。」

 お昼は、梅田にある最近はやりのイタリアン料理に連れて行ってくれた。どれも佳代の知らない料理ばかりだったが美味しくて楽しくてあっという間に時間は過ぎた。

 二人、ゆっくりコーヒーを飲んだ後、梅田のデパートで買い物があるとオサムが言うので佳代は従った。四階の鞄売り場で、オサムの通勤に使えるようなビジネスバッグを選んだ。普段も使えるように少しカジュアルな若者らしい三通りに使える本革のバッグが気に入った。

 「佳代ちゃんにもバッグをプレゼントしようと思っているんだ!女性用のバッグは、すぐそこだから一緒に選ぼうよ!」

 「えぇ~!私はいいよぉ。あまり出かける事、ないしね。」

 「そうなの? じゃアクセサリーにする? そうだ、時計がいいね! 何かプレゼントするって決めてきたから。お金の事は、心配いらないよ会社からボーナスが思った以上にあったからね!」

 そう言ってオサムが佳代の肩に手をまわして、時計売り場やアクセサリー売り場に誘った。

 「ほら、佳代ちゃん。この時計、小さくて綺麗で可愛いでしょ!これは、どう?」

 何点かカウンターの上に出してもらってオサムが選んでくれた時計に佳代は頷いた。

 「本当に良いの? ありがとう。嬉しい!」

 オサムが好きで好きで恋しくて会えない日々を思い出すと、その日の佳代は最高に幸せだった。 毎日、アパートと化粧品店の往復だけ、楽しみなんて細やかなものだった。今の佳代は尚更、オサムからのプレゼントも優しさも嬉しかった。

 こんなに楽しい時間、次はいつ訪れるのだろう?そんな事を考えてオサムと並んで歩く御堂筋の五月の街並みは街路樹が鮮やかに光を反射してキラキラ綺麗な二人の世界だった。

 「疲れた?この近くのシティーホテルを取っているんだよ、休憩していく?」

  オサムが佳代に聞いた。佳代も少し歩き疲れたので頭を一度下げて頷いた。二人は今夜、オサムが宿泊する予定のホテルの一室に入った。

 「そんなに緊張しなくて大丈夫だよ。ほら、僕の荷物もそこに広げてあるだろう。今から、さっき買った、このバッグに詰め替えようと思うんだ。佳代ちゃん、手伝ってくれる?」

 オサムは、笑いながら冷蔵庫の中のオレンジジュースをガラスコップに入れてくれて、一人用応接セットのテーブルの上に置いた。

 「はい、私手伝います。何をすればいいのかな? 新しいバッグに全部入れ替えましょうか?着替えもしわにならないように畳み直さないとね。」

 佳代は、荷物の入ったスポーツバッグの中身を新しいバッグに入れ替えようと膝をついて洋服を畳んでいると、後ろからオサムに抱すくめられた。佳代は、この部屋に入った時から心臓が飛び出そうになるほどドキドキして緊張していたのだ。

 「佳代ちゃん、大好きだよ!好きでたまらないよ!」

 オサムの声はかすれていた。佳代は心の中で覚悟していた事だ。これからどうなるのか、何も分からないがオサムに任せていよう。お店で美緒ちゃんや主任さんが腑避けて男の人の体の話をする度に佳代は未知の世界だった。それが現実になった、佳代の大好きなオサムとの情事が始まるのだ。

 オサムは佳代を優しくベッドに運んでキスをしてくれた。男前なオサムは大学生活の頃モテていたと、クリスマスパーティーの時、オサムの友達が言っていたことがある。それに、アルバイトにバーテンをしていたのだ、女性の扱い方は慣れていたようだ。佳代は二十一歳になってもまだ処女だった。オサムはそんな佳代が好ましく大切にしていた。

 気が付かないまま、佳代は着ていたカーディガンやスカートを脱がされて下着姿だった。恥ずかしくて佳代は目を閉じていた。佳代の体は透けるように白く、胸の膨らみにある先は薄いピンクの蕾のようだった。オサムは壊れ物を扱う様に大切に唇で優しく佳代の体に触れた。そして、佳代と繋がった。

 「大丈夫?佳代ちゃん、大丈夫?」

 オサムは、佳代を優しく気遣いながら何度も何度も体が波打つように動き、声をかけて果てた。佳代はその痛みを耐えた後の幸せは、口では言い表せないほどの幸せな体験になった。大好きなオサムと体も心も繋がっていると思うと嬉しかった。

 その日の夕方、佳代を送ってきた天王寺駅側のラーメン屋で二人は食べ、佳代のアパートまで送ってくれたオサムと別れを惜しんだ。

 「いろいろありがとう。このプレゼントの時計、大切に使います。明日は、気を付けて福岡に戻ってくださいね。また、手紙書きます。お仕事、頑張ってね。」

 佳代は、そう言いながら涙を浮かべていた。そんな佳代を見てオサムは辺りをきょろきょろと見渡した後、佳代のおでこにキスをして、手を振って帰って行った。

 佳代は、自分の部屋に戻り椅子に腰を掛けて、今日一日の出来事を目を閉じて考えていたその時、ドアをノックする音が聞こえてきた。

 「佳代ちゃん!居る?美緒です!今日、買い物に難波まで出たからお土産にケーキ買ってきたよ、一緒に食べない?」

 「え~!ありがとう。どうぞ中に入って、今、紅茶を入れるね。コーヒーが良い?どっちも最近買ってきたから新しくて風味が良いよ。」

 「そう?じゃ、紅茶にしようかな!」

 そう言いながら、美緒は部屋に入りテーブルにケーキの箱を置いた。

 佳代は、湯を沸かそうと、ガスにやかんをかけてから、小さなお皿を二つ出してケーキを並べた。

 「うわぁ~美味しそうなケーキだね!高かったんじゃないの?ありがとうね!嬉しい!」

 オサムとの余韻がまだ体に残っていたが、美緒の心使いが嬉しくて明るく笑顔で接していた。そのうち、美緒にも聞いてもらいたいと思う。今は美緒との関係は、佳代の親友と言える間柄だった。

 やかんのお湯が沸騰するのを見つめながら佳代は幸福感でいっぱいだった。カップに茶こしを置いて、紅茶の缶を開け風味を楽しみ、ティースプーンに二杯の茶葉を入れ熱湯を注ぐ。すると、ダージリンの香りが部屋中に行き渡り、美緒と佳代は、顔を見合い嬉しそうに笑顔が溢れていた。

 「佳代ちゃん、美味しいでしょう。このケーキ、前にも買って食べたんだよ。美味しくて、今度佳代ちゃんと一緒に食べようと思って買ったきたの!紅茶も良い香りで美味しいね。」

 「美緒ちゃん、ありがとう!美味しいよ。ん~しあわせだね!」

 美緒と一緒にケーキを食べ、お茶を飲み少しだけおしゃべりをした後、美緒は自分の部屋に戻って行った。

 佳代は、今日一日が佳代にとってどんなに幸せで楽しい一日だったのかと思うと興奮して今晩は眠れないかもしれないと思った。そして、まだ大阪にいるオサムの事を考えて胸がキューンと締め付けられるほど苦しかった。

 これが恋というものなのかと独り言をつぶやいていた。

  明日から店は化粧品デーの売り出しだ、朝早めに行ってポップを描いて。さぁ頑張らなくちゃ。


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