大阪暮らし11 引き抜き

 佳代が天王寺の化粧品店に勤めだして三年目、佳代は23歳になっていた。

 入社した次の年に化粧品会社の招待で社員旅行があり、他店の人との関わりも主任のおかげでスムーズにいけた。定期的にある交流会も佳代にとって勉強になるイベントだった。

 一番の出来事と言えば社員旅行の時に、親友である同い年の美穂に恋人ができた事だ。恋人はお店に出入りしている化粧品メーカーのセールスの男性。美穂の片思いがついに実って幸せそうである。旅行がきっかけで恋人同士になったようだ。

 セールスの男性は白井と言って佳代が入社した当時から佳代に気があったようで佳代をよく誘っていた経緯があり、その事で佳代と美穂は一時的に中互いした時期がある。店で、あからさまに佳代が断るので白井は諦めたようだ。

  そんな美穂と最近は良く話し込む。

 「佳代ちゃん、遠距離恋愛って辛いね。次、オサムさんに、いつ会いに行くの?」

 昼休みの食堂でサンドイッチを食べながら美穂に聞かれた。今日のお昼は、朝から佳代が準備して美穂の分も作ってきたのだ。松屋町で住み込みで働いていた時よりも料理の腕は上がっていた。図書館で料理本を何冊も読んで勉強した。今は、何でも作れる自信がある。

 佳代は、三カ月に一度九州福岡まで新幹線でオサムに会いに行っていた。オサムも時々、大阪出張の時があるのだが佳代と、なかなか曜日が合わないのだ。

 オサムが日帰り出張で大阪に戻ってきた時は、佳代の仕事終わりに急いで新大阪まで会いに行く忙しないデートだったりするが、それでも佳代は嬉しかった。

 店では、佳代のお客様も増えて売り上げも先輩たちに負けないほどになっていた。メイクや美顔の技術も腕を上げて周りが驚くほど成長していた。最近では、メイクを頼まれる客に、他のメンバーは佳代にバトンタッチするほど認められていた。

 お給料も三年目に入ってグッと上がった。売り上げ成績が良いのでボーナス的な収入も他より多めにもらえるようになっていた。その分、貯金もできているがオサムに会いに行く旅費が一番堪える。佳代の食費よりも加算でいた。そんな佳代にオサムは時々だが旅費を送ってくれる事がある。

 二人の仲は、順調だった。

 美穂は最近、白井との結婚の話をよく佳代にしていた。具体的な話を聞く度に、美穂が結婚までうまくいきますようにと佳代も応援している。
佳代は、美穂の結婚がうまくいくといいなと心底思っていた。

 「今度、わたしオサムさんに会いに行くのは年末になるのかなぁ。福岡は遠いよねぇ。美穂ちゃんこそ、結婚決まったら絶対に教えてよ。白井さんは、ああ見えて優しいからねぇ。美穂ちゃんペースで進んでいくかもしれないよ。がんばってね。」

 佳代には結婚よりも夢があるのだ、メイクアップアーティストになって自分のお店が欲しい。一流の人達との関わりを持ちたいと大きな夢を持っていた。

 オサムと、もちろんずっと一緒に居たいと思う気持ちはあるが、両方を叶えるのは現実的に無理がある。最近、客観的に今の自分を考えて眠れない時がある。今はこのままでお金を貯めて余裕ができるといずれは、美容学校に通いたい。

 卒業したら仕事のチャンスを見つけて一生懸命働いていつかは店を持ちたい、漠然とだが思い描いている。

 口には出さないが心の奥で少しずつハッキリと見えてきた。佳代の夢の話はオサムに言っていないのだ。オサムの口から結婚の言葉が出る前に話さなければいけないといつも思っていた。

 日曜日の午後、佳代の最初のお客さまである、芸能界で働いているという三輪明美がやってきた。高額の化粧品を全種類揃えてくれた大得意さまだった。三輪は、大体、月一で通ってくる。今日は、年配の女性の連れがあった。

 「佳代ちゃん、今日は紹介したい人がいるのよ。この人は芸能界の裏方の仕事を請け負っている事務所の社長だよ。メイクやヘアスタイル、そして、ファッションの専門家、毎回、佳代ちゃんにメイクをしてもらって局に行くと、いつもメイク褒められて、以前から一度佳代ちゃんに会ってみたいと言われたから。」

 「メイクアップアーティストになりたい人がいると言ったらね、ぜひ会いたいって言われてたの。人手不足らしいよ。」

 三輪は、店の皆に聞こえるほどの活舌の良い高い声でカウンターの中にいる佳代に言った。一瞬、びっくりして言葉がでなかったが一呼吸してその女性の方を見て頭を下げて挨拶をした。話の成り行き上、今からその年配の女性の顔に美顔術をした後メイクもすることになってしまった。

 店の奥の美顔室に年配の女性だけを案内して佳代のマッサージの施術が始まった。メイクを落として、マッサージをしてお化粧をする。その年配の女性は佳代を試しているのだと思った。

 「あの女性は、佳代ちゃんを引き抜きに来た人?」

 美緒は、気になって三輪に聞いた。三輪は、自分は頼まれたから一緒に連れてきただけ、詳しい事は聞いていないと、マニュキアの新しい新色はどれなのかと美緒に聞いて、そのマニキュアを塗り始めている。

 その日の夕方、レジを閉めてから佳代は主任に呼ばれた。

 「佳代ちゃん、今日のお客様は佳代ちゃんに自分の事務所で働いて欲しいらしいよ。化粧品を買ってくれた後、そっと私に話してくれたけど、佳代ちゃんの気持ちを聞かせてくれる?どう考えているの?」

 主任には感謝している。佳代がメイクの勉強をしたいと言った時メーカーのセールスに講習会上級のメイク専門コースを受けさせてもらえるように頼んでくれたのだった。学校へ行かずとも無料で勉強ができるありがたいシステムがあったのを教えてくれたのが主任だった。

 せめて五年はこの店で頑張りたいと思っていた。しかし、今日の三輪が連れてきた事務所の社長が佳代に言った言葉を思い出す。

 「あなたは、メイクアップアーティストになれるセンスも技術も十分にある、顔も美人だからテレビ局へ連れて行っても十分に通用する。ヘアメイクは内の事務所へきてくれたら学校へ行かなくても基礎から十分教えられる人材も大勢いるわ。返事は急がないから考えてみて欲しい。」

 と、ハッキリと言われ、米倉洋子と書いてある名刺をもらったのだった。主任に対して申し訳ないと思う反面、米倉さんの事務所へ行ってみたいという憧れの気持ちが抑えられなく揺れていた。

 「主任、私は将来はメークアップアーティストになりたい夢があります。しかし、主任には感謝しています。勉強をさせてもらえる機会を作ってくれて実際に経験になるようにと優先的に私にお客様のメイクを任せてもらえてとても勉強になっています。それから、後、後二年はこの店で働かせてもらうつもりです。」

 佳代は思わず言ってしまった言葉は、後二年だった。主任の顔を見ていると悪くて申し訳ない気持ちが抑えられなかった。いつも佳代を助けてくれている主任を、自分の事ばかり考えてはいけないと思い、裏切れなかった。

 現在、店はけして順調だとは言えない。一人、経験豊富な先輩が抜けたら売り上げがグッと落ちた。秋に、また一人先輩が退職すると美緒に聞いたばかりだったのだ。

 明日、米倉さんに電話をしよう。後二年待って下さいとお願いしよう。二年の間にもっと勉強してどこでも通用する技術を磨こうと心に決めた。そして、美容学校へ行かずとも夜、仕事が終わって近所の美容院で下働きしながら教えてもらおうと思った。佳代は心当たりがあったのだ。

 近所にある、その美容院のオーナーが時々店にやってくる。自分の店にも化粧品を置いているのだが若い時から使っている化粧品は変えられないのだと、よく佳代や店の女の子を話し相手にお菓子を持ってきて時間をつぶしていくのだ。二年前から佳代もこの美容室でカットをしてもらっていた。年配の気さくな優しい女性だった。


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