梅さんの日常 夢の中

もうすぐ梅さんは85歳になる。

12年前に旦那さんは亡くなって身寄りのない梅さんは、それからずっと一人暮らしだった。それでも生活が楽しくてしょうがないのだ。毎日が発見で嬉しいことがいっぱいある。

毎日、庭に遊びに来る小鳥や動物。特にウサギには名前を付けている。

季節ごとに子ウサギと一緒に遊びにきてくれ、春になると梅さんは会えるのを楽しみにしていた。

ある時は、排水管に詰まっていた蛇にも怖がることもなく、憐れみを感じていた。

「可哀そうに、こんなに狭い所に迷い込んでさぞかし苦しかっただろう? 怪我もしてないようだから早くお家にお帰りよ! ガス屋のお兄ちゃんに助けられたあんたはラッキーだったねぇ」

以前、台所の排水管に詰まっていた蛇を助けてあげた事は今も忘れられない。

そんな楽しい何でもない一日が梅さんにとって幸せな日常だったのだ。

ある時、梅さんは夢を見た。

自分がまだ子供の頃の夢だった。旦那さんであるおじいさんと出会うもっと前、ずっとずっと前のことだった。

梅さんは一人ぽっちが寂しくて、親切にしてくれるお兄さんに誘われてついて行った事がある。知らない町の景色や、賑やかな街並みが新鮮で夢中になって歩き回って迷子になってしまった時、目の前の一軒家の灯りに誘われて庭に入ってしまった。

「あれ、あんたはどこの子? どうしたの? もう日が暮れるよ。誰か連れはいるの?」

洗濯ものを入れていた、優しそうなおばさんに話しかけられた。

梅さんは、「どうして私はここにいるの?」不安で泣き出しそうになった。漁師町の小さな町から車に乗せられ少し離れた大きな町の庭先に立っていたのだ。

海で両親を亡くして、たった一人の兄と一緒に親戚に面倒をみてもらいながら二人ぽっちで暮らしていた梅さんだったのだ。優しそうなおばさんに声をかけられて気が緩んだのか泣き出してしまった。今、自分がここに居る経緯をおばさんに話したら、この町のお巡りさんがやってきた。

梅さんは、泣いて泣いて声を出して泣いて、目が覚めた。

「あぁ~。夢だったのか。寂しい夢だったなぁ。でも、あの時はまだお兄さんがいたから夢の中でも会えて良かったわ。どうしてお兄さんは梅よりも先に天国に行ってしまったの? そっちで梅の旦那様と会っていますか? 今は梅は一人ぽっちでも寂しくないよ。毎日楽しく生きていますから、まだこっちに居たいの」

梅さんは目が覚めると、枕元のティッシュペーパーを取っていっぱいの涙を拭いて、いつものストレッチをした後、ゆっくりとベッドを降りた。

「さてさて、昔の事は考えないで良い思い出だけ心にしまっておこう。今朝のパンは大きなカンパーニュ、何を乗っけて食べようかな?」

「そうだ、今日は一昨日ネットで注文した食材の宅配の日だった。冷蔵庫に残っている物の整理をしなくちゃね、卵が残り一個だったからそれを使ってしまおう。それに厚切りベーコンを焼いて、さぁ朝食の準備をしなくちゃね」

今日も朝食作りから梅さんの一日が始まるのです。

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一人暮らし 梅さんの日常 小さなお客様

朝、梅さんの体内時計がいつもの時間がくると、脳みそにスイッチが入る。

目を開けて、ベッドの中で天上に向けて両手を広げてグーパーグーパー指の運動。

「あれあれ!?三日前からの左手首の痛みが消えとるなぁ?」

「しめしめ、旦那さん! 梅は少しだけ若くなったかも?」

「あの痛みと付き合わなくてもよくなったよ!有難い?有難いねぇ。」

そう独り言をつぶやいて足のストレッチ。

「おやおや、膝の痛みも今朝は無いぞ!?らっき~だねぇ!」

金曜日の今日は、梅さんの家から麓まで下った場所で、コーヒー豆の専門店の八重さんが五歳のメイちゃんを連れて遊びにやってくる日。週末に天然酵母のパンを数個買ってくれるのだ。

八重さんがやっているお店は、コーヒー豆販売と、飲み物はドリップで炒りたてコーヒーをゆっくり丁寧に点てて自転車で立ち寄るお客様だけを持て成す週末だけの店。

店の前を走るサイクリングロードのお客様をもてなす。

入り口には、自転車を立てかける大きな太い材木で作られた自転車置き場も設置してあり自転車愛好家の憩いの場であった。八重さんのコーヒー好きの趣味が高じてお店をだすまでになったと聞いた。

因みに旦那様は単身赴任らしいのだが、八重さんのご両親も一緒に生活しているのでメイちゃんも生き生きと育っている。梅さんの小さな友達の一人。

「さぁて、コーヒーを飲み終わったら早速パンを仕込もうかな。」

大切に育てているのは自家製酵母のレーズン酵母。季節ごとに果物の酵母も育てているが梅さんの一番は、レーズン酵母なのだ。

「そうそう、このレーズン酵母の元種は毎日お世話をしているんだから、ほら、見ておくれ、こんなに元気がいいよ。一番安定して膨らんでくれるからねぇ。」

梅さんは、天然酵母のパンの材料を冷蔵庫から出して調合してパンを捏ねる器械に入れてスイッチを入れた。最近は、疲れるので手ごねはしていない。

それでも、一次発酵の見極めや成形して二次発酵と、手はかかるが、梅さんはこのパンの香りと手触りに癒されてパン作りは止められないのだ。第一、美味しいのだ!

取りに来るのは、三時に約束しているが一時間ほど八重さんは、おしゃべりをしていくから四時までに焼き上がる計算にしている。

「今日は、メイちゃんのおやつは何を作ろうかしらぁ?そうだ、ホットケーキを焼いてあげようかねぇ。」

梅さんはパンの準備が一段落すると昼食を済ませてメイちゃんのホットケーキを作り始めた。お土産にもと思って、多めに焼いた。

そうこうしているうちに、下の道路から車の音がしてメイちゃんの大きな可愛い声が聞こえてきた。

「梅ばあちゃ~ん!! メイがきたよ~!!」

車から降りて梅さんの家までの小道を駆け上がってくるメイちゃんの姿が可愛くて、涙もろい梅さんは、涙声である。

「あらあら、メイちゃん!坂道をそんなに走ると危ないよ~!」

「いらっしゃい!メイちゃん、あら、またメイちゃんの背が伸びたかな?」

「梅ばあちゃん、このリボン福岡のパパからのプレゼントだよ!可愛いでしょう?」

「ママが三つ編みにして結んでくれたんだよ。それと、これはこの前幼稚園で作った折り紙のお花だよ、梅ばあちゃんにもプレゼント!!」

「おやまぁ、可愛いね。何のお花かな?朝顔みたいだね?」

「そうだよ、朝顔。幼稚園で一番上手だって先生に褒められたから梅ばあちゃんに持って来たんだよ。」

「そりゃぁ嬉しいね。梅さんの部屋に飾っておくよ、どうもありがとう。メイちゃん。」

ホットケーキを頬張りながら、メイちゃんが嬉しそうに話してくれる。

「梅ばあちゃん! メイちゃんの幼稚園で秋の遠足に上のオレンジ園に決まったよ!この家の前を通るから、その日は、ママに時間聞いてね。」

「そうかい、そうかい。嬉しいね。メイちゃんのママにくわしく聞いておくね。」

楽しい時間は、あっという間。

八重さんは、焼き立ての大きなライ麦パンと全粒粉のカンパーニュを大きな紙袋に入れて帰って行った。

後片付けをしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はて? 今日の約束は他にもあったっけかなぁ?」

「は~い。今いきますよ!」

玄関を開けると、汗だくの宅急便のお兄ちゃんが立っていた。坂の下の車通りから荷物を抱えて登ってきてくれたのだった。

「あぁ~そうそう、この前パソコンを開いた時に注文していたパンの材料だね!?ありがとう、重かっただろう?ここに置いておくれ!」

「ちょっとだけ待ってて!」

そう言うと、梅さんは慌ててキッチンの方へ行ってさっき焼き上がったクロワッサンを紙袋に入れてお兄ちゃんに渡した。

「ご苦労様。このパンは焼き立てだよ!車の中でおやつに食べておくれ!いつも家まで上がってきてくれてありがとうねぇ。」

梅さんは、二カ月に一度パンの材料専門店でネット注文していた。

だいたいが、重い物だけネット注文でして、新鮮な食材は下の道まで移動スーパーがきてくれて生活は、何不自由なく過ごせていた。

これも旦那さんが亡くなる前にインターネットを梅さんに教えてくれたからなのだが、梅さんは、ふと、不安になることがあった。

「だめだめ、先の事を考えて不安になっても仕方がないよ。今こうして元気に暮らせているんだから、幸せだねぇ。旦那さん!今日も梅は幸せに楽しく暮らしているよ。」

「旦那さん!ケッセラ~セラ~!だよね!そっちはどう?」


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一人暮らし 梅さんの日常 豪雨の日

梅さんは、外から聞こえてくる雨の音で目が覚めた。

いつもは、明るい太陽の光と鳥の囀りで目覚めていたが、今朝はどうも様子が違う。

カーテン越しの外は薄暗く台風のような大粒の雨が出窓の屋根を激しく打つ。

ゆっくりと、目を開けていつものストレッチを始めた。今朝は左手首が痛くて動かない。

「はぁ~て? 昨日、何か重い物を持ったっけかなぁ?」

「まぁ、そのうちに動くようになるじゃろう。少し腕を休めな、いけんなぁ。」

そう言いながら、足のストレッチを終わらせて、ゆっくりとベッドから降りた。

毎日、どこかしら痛くなる日々の中で、梅さんはいつ頃からか、自分の老いを自然に逆らわず受け入れている。

「さて、今日は天気も悪いし、畑もできん。おとなしく家で楽しむべかなぁ。」

そう言いながらキッチンへいきコーヒーを点てる。梅さんは昔からコーヒーが大好き。

「そうだ、昨日焼いたカンパーニュが少し残っているはず。ガス屋さんに半分お礼にあげたが、残りの分がテーブルに置いておいたはずだねぇ。」

昨日、梅さんのキッチンの流し台の水が流れにくくなっていたのを丁度、プロパンガスの入れ替えに来てくれたガス屋のお兄ちゃんに直してもらったのだった。

「梅さん、梅さん!!」

「大変だよ!キッチンの外側の流し台から繋がっている排水管の出口を調べたら、なんと、太い蛇が入って出れなくなっていたよ!可哀そうだから、そおっ~と引き抜いて畑に戻してあげたんだぁ~!」

「大丈夫!死んでいなかったよ、良かったね。」

「あらまぁ、可哀想な事になっていたんだね。でも、生きていて良かったよ!」

「お兄ちゃんのおかげだねぇ。どうもありがとう。」

「そうだ、朝食用に焼いた今朝のカンパーニュがあるから少しだけど、持っていっておくれっ!いつも、ありがとうねぇ。」

梅さんは、昨日のガス屋さんのお兄ちゃんとの、やりとりを思い出していた。

そして、昨日一日を思い出しながら左手首が痛くなる原因を考えてみたが、何も思い当たらなかった。

「まぁ、こんな天気の悪い日だから、あちこち痛くなっても仕方がないねぇ。」

「朝ご飯を食べたら、今日はパソコンのスイッチを入れてみようかね。市役所の安住さんからメールがきているかも知れないしねぇ。」

梅さんは、今日も独り言で一日が始まった。

大きな黒縁の老眼鏡をかけて、メールチェック!!

「ほれほれ、安住さんからメールが来てる来てる!!わくわくするねぇ。」

「こんにちは。梅さん。週に一度は、メールチェックをお願いしますと言っていたのを思い出してくれましたか?」

「体調はいかがですか?何か困った事があれば教えて下さいね。」

「来週には、梅さんの家にうかがいますからね。それまでに困った事があったら遠慮なく電話をくださいね。」

梅さんの家に、電話はあるのだが親戚も身寄りもない梅さんに、めったにかかってこないし、使わない。亡くなった旦那さんが使っていたものだった。

今の所、梅さんは元気に自分の身の回りの事も家の雑用も、それに趣味の天然酵母パンだって焼いている、梅さんは生活を楽しむ余裕があるのだ。

市役所の安住さんはそんな梅さんを安心しているが、それでも歳だから気にかけている。

週に一度は、梅さんの興味のあるパソコンのお付き合いも、してくれる。

「安住さん、メールをありがとうございます。」

「今朝は、外が暗くてね、酷い雨が窓を叩きつけているので、私は何もする気が起きなかったのだが、雨の音をよく聞いてみると豪雨の音が私には言葉になって聞こえてくるよ!」

「ゴーゴー!!雨よ降れ降れ、もっともっと降れ!」

「猛暑で干からびた畑のトマトやキュウリたち。」

「庭先の金柑やレモンの樹にも、たっぷりお水を飲ませてやろう!!ゴーゴー!!」

「そう考えていたら、嬉しくなってね。今日は、野や畑、樹々たちに嬉しい雨の日なんだって。自然の贈り物だね。」

「明日朝には、萎れて倒れていた真っ赤なサルビアの花も立ち上がっているだろうね。嬉しいね。」

「私の体調は良好ですよ。安住さん、いつも気にかけてくれてありがとう。それでは、次会えるのを楽しみにしています。   梅」

梅さんは、左手首が痛くて今日は動かない事も話さなかった。これも自然な事だから。

「83年間使ってきたこの体。ぼつぼつガタがきても仕方がないよ。私の旦那さんのようにピンピンコロリと逝ってしまいたいよねぇ。」

「いやいや、ダメだよ!旦那さん!そっちはどうだい?」

「私は、まだまだこの世で楽しみたい人生が残っているから、そんなに早く迎えにきちゃ嫌だよ!」

梅さんは、いつものように独り言。

10年前に亡くなった旦那さんに話しかけていた。


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大阪暮らし 夢が現実に

 佳代の丁寧な仕事ぶりが評判になり指名で芸能界のヘアーメイクの仕事が次第に増えていった。

雑誌撮影の仕事や着物のイベントでもお呼びがかかった。

佳代の評判は、仕事ぶりだけではないのだった。

女優やモデルさんを気持ちよく持て成す心構えで、佳代の全神経を注いだ。


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一人暮らし 梅さんの日常

朝、目覚めてベッドの中で寝ころんだまま梅さんは、確認する。

両手を広げて、グーパーグーパーと何度も手のストレッチ。

次は足のストレッチ。

それが終わるとゆっくりとベッドから降りてキッチンでコーヒーを点てる。

一日の始まりのルーティーンだ。

「あらまぁ、おはよう。真っ赤な薔薇さん。今日も元気に咲いてくれてありがとう。金木犀の香りが、今朝の私のおめざかしらねぇ。」

梅さんは83歳、山の中腹にある一軒家に住んでいた。周りは緑いっぱいの畑や森。

家の前には細い道。

ず~と、山上までのオレンジ園までのハイキングコースには、今の季節になると地元の小学生や幼稚園児が遠足に登ってくる。

梅さんは子供たちと話すこと。それが楽しみの一つだった。

キッチンのドアを開けると庭に続く石段を、一段降りると広々とした庭はオープンカフェのテーブルと椅子が五セット置いてある。

梅さんが、ずっと昔の若い頃に旦那さんと一緒にやっていたカフェの名残だった。

その頃に、梅さんの趣味で始めた天然酵母のパンは美味しいと評判になり山の下に住む人たちにも口コミで増えて今でも時々買いに来てくれる。

自家製酵母のパン

商売ではないので欲しい人にだけ売っていた。

「さてさて、今日は良い天気なので外で朝食をいただこうかねぇ。」

そう言って、梅さんはさっき焼き上がったばかりの香ばしい匂いを放っている、ライ麦のカンパーニュの一切れとコーヒーを持って庭に出た。

小鳥の囀りと清々しい秋の風は、朝早くの庭先にあるオープンカフェの爽やかな空気が一人暮らしで寂しい梅さんの心を毎日癒している。

「おやまぁ、あんたもこのライ麦パンの匂いにつられて起きてきたのかぃ?」

梅さんは、そう言ってテーブルに降りてきた山雀にパンの耳をちぎって置いた。

「ちゅんちゅんちゅん!おばあさん!友達も呼んでも良い?」

「あぁ、良いよ。友達も呼んどいで、ライ麦パンはまだまだいっぱいあるからねぇ。」

梅さんには山雀の声がそう聞えている。梅さんは雀と話しているのだ。

しばらくするとテーブルには山雀がいっぱい集まってきた。

「ほらほら、いっぱいあるので慌てないでゆっくりお食べよ。今日は、家の前の道に可愛い子供たちが登ってくるかも知れないよ。楽しみだねぇ。」

今日も、ゆっくりと梅さんの一日が始まった。

「あんた達は、ゆっくりお食べ。私は、今日は忙しいんだよ。」

「どっこいしょ!!」

そう言って梅さんは立ち上がりキッチンへ戻って行った。

今日は、市役所の安住さんが月に一度一人暮らしの梅さんの安否確認にやってくる日。

梅さんは、安住さんとは、長年の友達。

旦那さんが亡くなって以来だから既に、十年は経つ。

カレンダーに丸をしている日。安住さんと一緒にお茶しようと思って、バターケーキを焼こうとベッドの中で昨夜から決めていた。

***

梅さんの家から歩いて少し坂を下がった場所に空き家があった。

最近、その空き家に若い新婚さんが引っ越してきた。

梅さんにお菓子を持って二人が挨拶に来た時に、お嫁さんが空き家のリフォームを自分たちでやっていると楽しそうに話してくれた。

「あらぁ、まぁ、一人暮らしの梅です。どうぞよろしくね。」

梅さんは、引っ越しの御挨拶のお菓子のお礼に、朝焼いたバゲットを二本さし上げた。

外壁も薄いピンクで塗り替えられて、梅さんはその家の前を通る度に楽しくなった。

その家の前からは、車が通れる道路があって時々移動スーパーが来てくれる。郵便屋さんも宅急便やさんもそこまで車できてくれて、梅さんの家まで届けてくれるのでありがたい。

梅さんは、還暦過ぎて旦那さんと一緒にインターネットにハマった。

旦那さんが亡くなってパソコンも後を引き継いだのだ。

梅さんは、体調の良い日にはネットサーフィンで時々楽しんでいる。

買い物も、ネットでできるようになったが、最近はあまりやらない。目が疲れると頭痛がするのだ。

安住さんとの連絡も勿論メールだったりする。

ある時、安住さんに自慢した。

「こう見えて、私ねパソコンは画面を見ながらゆっくりだけど、ブラインドタッチなんだよ旦那さんがゲーム感覚で上達するソフトを入れてくれたんだよ。ボケ防止にぴったりだろう。」

と、梅さんは笑いながら得意げに話した。

最近は、安否確認が月に二回になったが、梅さんはマイペースでとても元気だ。


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大阪暮らし14 国家試験

 「はい! 着物の裾を直してあげて! ちょっと着物の長さが短くない?」

 カメラマンの小酒井達也が大きな声でスタイリストの人に声をかける。その日、事務所に招待されて佳代は撮影風景を見学していた。

広いスタジオの中は、緊張感が漂っている。壁のベージュのスクリーンの前で振袖姿の長身のモデルが立っていた。

スタイリストは、モデルの着物の裾を静かに下に引いている。側でもう一人のメイクアップアーティストに顔を直されているモデルがチラッと佳代の方を見た。

遠目に見ていた佳代の横には、少し年上のスタイリストが立っている。多分、三人のスタイリストの上司なのだろう。

「先生、帯がキツクて苦しいです。もう少し緩めてもらえませんか?」

こちらを見ていたモデルが辛そうに訴えている。

「では、三十分休憩します。!」

カメラマンの小酒井達也が大きな声で言った。

「どう?撮影風景は、初めて見るの? 佳代ちゃんも早く一人前のメイクアップアーティストになって僕のスタジオで手伝ってよ。」

「今回は、婦人雑誌の着物特集なんだよ。出版されたら佳代ちゃんも買ってくれるね?」

佳代の側に歩いてきた小酒井は先ほどの厳しい顔つきから一転して優しく佳代に言って笑った。

***

 スタジオ見学から数か月後、佳代は美容学校を卒業し国家試験にも合格して長い間待ってもらっていた米倉社長に連絡をしてすぐに働けるように契約をした。

 今まで住んでいたアパートを出て、米倉社長の勧めてくれる梅田にある小綺麗なマンションに引っ越したのはその年の暮れだった。米倉社長の事務所がマンションから徒歩五分の場所だったのも決めてだった。

 事務所には、メイクアップアーティストが数名、スタイリストが数名、テレビ局や雑誌撮影、映画製作の現場にそれぞれ、派遣されていく。事務員を入れて二十五人の大所帯だった。

「佳代ちゃんは、即戦力になるね! 大体がうちは、三人体制で現場に行くシステムになっているので慣れるまで大変だと思うけど、無理をせず頑張って下さいね。」

米倉社長は、事務所で他のメンバーに佳代を紹介をした後、側にきて優しい声で励ましてくれた。

 夢を形にするために、この数年間は毎日、仕事と勉強とに明け暮れた。オサムとの別れが原動力に繋がっていたのだろう。阿倍野の化粧品店の主任や親友の山下美緒、アパートの友達と別れを告げて新しい生活に入ったのは、年も明けて数日が経ってからだった。

 ***

「佳代ちゃん、メイク道具を鏡前に順に並べてくれる? それが終わったら、衣装さんが準備してくれている着物に帯や半衿を選んで揃えて置いて直ぐに着付けられるようにスタンバイしてね!」

 先ほどから、先輩の西山さんが佳代に指示をしている。

 ここは、テレビ局の一室。タレントさんのメイクや衣装替えの部屋になっていた。佳代のメイク道具をゴミ箱の側に押しのけて先輩の西山さんは自分のメイク道具を鏡前に並べるようにと言う。

 今日は、佳代がメイクを任されているはずなのに、西山さんは自分が担当するつもりだった。スタイリストの山本先生が着物の着付けをされると聞いていた。着物の小物類は山本先生が選ぶはずだった。

 「すみません、西山さん。着物は、スタイリストの山本先生が選ぶはずです。それにタレントさんのメイクは米倉社長から、今日は私に任されているはずですが。」

 佳代は一応思う事を西山さんに話してみたが、沈黙が続いた後、ずっと無視をされてしまった。グーっと頭がザワザワするがここは堪えた。

仕方がないので仕事を進める為に、先輩である西山さんの言う通りに佳代は従った。

 スタイリストの山本先生に佳代は褒められた。着物の選び方や、小物類の合わせ方が良かったと気に入られたので、今日はメイクを先輩に任せて、ずっと山本先生の手伝いを自分から進んでやっていた。

 「佳代ちゃん、予定よりも人数が増えたので着物の着付けを手伝ってもらえる? 大丈夫、帯結びは佳代ちゃんの思う様に自由に変えて良いよ!」

 山本先生は、タレントさんの着物をテキパキと着つけながら佳代に指示をくれたのだった。

 「はい、先生。分かりました。」

佳代は、そう返事をして若い綺麗なタレントさんの着付けを始めた。

 足袋を履かせて、裾除け、下着を付けて細いタレントさんの体に補正を付け、長襦袢を着せて着物を着付け、帯を結んだ。

 「佳代ちゃんすごいね、仕事が早いよ。それにとてもキッチリと着付けて帯結びも素敵な結び方だよ! お嬢さん、苦しくありませんか?」

 山本先生は、若い女性タレントに聞いた。

「はい、大丈夫です。全然苦しくありません。私、着物大好きです。こんな振袖欲しいなっ!似合っています?」

 可愛いタレントさんは、見た事が無い、まだ無名なタレントさんだが、今日はテレビのアシスタントさんだろうと思った。山本先生が着付けている女性はテレビで見た事がある綺麗な人だった。

 事務所に戻り、カバンを開けると私のメイク道具の中がぐちゃぐちゃになっていたのは先輩が放り投げたせいだと思ったが、佳代はその事は誰にも何も言わなかった。

 これから先、一緒に仕事をするんだから。

 先輩にも誠意をもって接していればいつかは分かってくれるだろうと佳代は、前向きに考える事にした。


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大阪暮らし13 プロ写真家 

 「君、君はあの時の薔薇の少女なの?ずいぶん綺麗になりましたね。」

 突然、前から歩いてきた男性に声をかけられた。

 ず~と俯き加減でベンチに腰かけている女の子が不思議に見えたのか?

薔薇の少女?

見ると首から高そうな大きなカメラをぶら下げているが、どうも見るからにカメラマンのようだった。

 福岡から傷心で帰ってきて、辛い気持ちに蓋をして毎日仕事の予定を忙しくこなしていくだけで精一杯の生活だった。定休日の今日も佳代は気が落ち込んでいた。未練がましいがオサムと出会った中の島公民館の公園にふらっときてしまった。

 男性をよく見ると佳代の記憶がよみがえる。

 「あっ!!あの時の?写真の人ですか?」

 数年前に、ここで出会った人だった。左ほほの赤いアザに見覚えがある、奈美ちゃんと同じアザだ。

 「そうです、あの時は薔薇と可愛い貴方を被写体に数枚撮らせていただきました。もう五年も前の事ですね。その写真がコンテストで入賞して、今はプロのカメラマンをやっています。」

 「風景も撮っていますが、人物、主にモデルさんを撮っています。ほら、今流行りの有名女性誌の特集をもっています。たまに表紙も撮らせてもらっています。あの時の貴方の写真がターニングポイントになりました。どうもありがとう。」

 その男性はとても明るく佳代に話しかけてくれている。佳代の元気のない表情や俯き加減の様子から何かを感じていたのだろうと思った。

 「えぇ~!女性雑誌ですか?良いですね。私も将来はいずれは、関わりたいと思っています。実はわたしは、ヘアメイクアップアーティストになりたいのです。今、勉強中ですが。モデルさんのヘアーやメイクをやってみたくて、現在は、美容学校の通信講座で勉強をしています。」

 佳代は、女性雑誌と聞いて思わず話してみたくなった。

  「そうでしたか。僕が写真の仕事の時もメイクアップアーティストに頼みますよ。事務所から派遣されてきます。良かったら、その事務所を紹介しましょうか?」

 「今度、暇が有ったら僕の事務所へ寄ってくれたら紹介しますよ。電話をください。」

 男性は、ポケットから名刺を出して佳代に手渡してくれた。名刺には、小酒井達也、事務所の名前があったので、プロのカメラマンだと分かった。

 「ありがとうございます。嬉しいです。夢が一歩近づいた気がします。」

 佳代はそう言って笑顔で答えた。

 その日の夜、佳代はオサムに手紙を書いた。

 「オサムさんへ

 先日は連絡しないで突然押し掛けてごめんなさい。思いがけない主任の心使いで日曜日を有給にしてくれたので、急に思い立って福岡まで会いにいくことに決めてしまってオサムさんには迷惑をかけてしまいました。

 同僚の女性の方にも、びっくりさせてしまって申し訳なかったと思っています。

 私は今までオサムさんに何もしてあげられなくてごめんなさい。私はいつもオサムさんに助けてもらうばかりでした。

 今までいろいろありがとうございました。

 どうぞ幸せになってください。

 さようなら。  佳代 」

 佳代は、気持ちが変わらないうちにオサムへの別れの手紙をポストに入れる為、夜遅い時間だが近所のポストまで急いだ。

 一週間が過ぎてもオサムからの返事は無かった。

あれは、誤解だよ!とオサムからの返事がくるのをほんの少しだけ、期待して待っていたが二週間を過ぎても一カ月が過ぎても手紙も電話もなかった。

 街路樹の緑が鮮やかになり、そしてまた散っていき、季節が過ぎて行った。

 佳代は毎日、アパートから化粧品店、夜は近所の美容院への往復で一生懸命働いた。休みの日に通信課程もこなして、後一歩という段階まで進んでいた。

 米倉社長との約束である二年の歳月が過ぎている。美容師の技術もメイクの技術もすっかり身につけた。着物の着付けも夜に教室に通って資格も取った。

 後は、美容学校の国家試験を受けるだけとなっていた。

 佳代は、米倉社長に連絡をする前に二年前に中の島公民館の公園で出会ったプロのカメラマンである小酒井達也に電話をしてみようと考えた。

 「もしもし、小酒井達也さんですか? 私は、二年前に中之島公園でお目にかかった薔薇の写真を撮っていただきました佳代、山下佳代です。」

 「あぁ~君か? ずっと連絡を待っていたよ。 どうだい? 夢にまた近づいたのかな?」

 「はい。あと一歩の所にきました。その事なんですが、小酒井さんの事務所を見学させてもらえませんか?プロのメイクアップアーティストさんの仕事をこの目で見たいと思っています。良いでしょうか?」

  「あぁ~良いよ。何時が良いかな?今月は無理だが、来月なら少し余裕があるよ!事務所の住所は名刺に書いてあったでしょう。そうだ、来月の中旬、17日の月曜日に中之島公園のこの間のあの場所で待っていてくれる?僕が事務所まで案内するよ。

 「その時に君の希望に答えよう。いいかな? 」

 「はい。ありがとうございます。待っています。」

 小酒井さんの声は、二年前と同じように穏やかで優しい声だった。

 

 

 


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ブログ

 小説を書き始めて半年が過ぎました。

小説というほどのものではありませんが(;^_^A アセアセ・・

書くのが好きなのかなと思う時があります。

書き始めると次々と主人公の生活が見えてきます。

大した人生経験もないのですが、書きたいときに書いています。

これが人様が読んだ時にどうなのかなぁと思った時にキーを打つ手が止まります。

なんだ、

この文章力のないこと。

と、思うのですがしばらくすると又、書きたくなります。

まぁ、趣味として書きたいときに書けばいいかなと思います。


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大阪暮らし12 愛が消えた日

 「米倉社長、私はまだまだお役にたてる存在ではありません。メイクアップアーティストとして、できない事がたくさんあります。お金を貯めて美容学校に通うと決めたのですが、自分で生活するのはお金がかかります。今の職場はアパートの家賃も払ってくれているのです。」

 「後、二年の猶予を下さい。それに、今は店を辞める訳にはいかないのです。最近、二人が辞めてしまって人手が足らない時に私まで辞めることはできません。二年の間に夜に近所の美容院で技術を身につけます。そして、美容学校の通信課程で資格をとります。」

 佳代は電話で自分が思っている事を全て話すと、米倉社長は快く了承してくれた。

 「期待してまっています。頑張ってください。」

 現在の天王寺店は、二名欠けた人材がなかなか埋まらず新しく従業員が入ってくるまでの繋ぎで、他店から臨時で応援に来てもらっている状況だった。 佳代は、思いつくイベントや会社から提供されるイベントで全力で働いた。

 化粧品店の仕事が六時に終わると、歩いて二分の同じビルの中の美容室で二時間毎日、タオルを洗ったり掃除をしたりと雑用をこなしながらの勉強だったが佳代は弱音を吐かなかった。カットはまだまだ先だが毛染めやカラーは店でも売っていたので理解するのは早かった。

 シャンプーの仕方やブロウの仕方、カラーの巻き方等など教えてもらっている。雑用をして働く代わりに店が閉まる八時まで薄給だが、丁寧に教えてくれた。最近は、美容師の資格を取るため通信課程を受けている。

 通信課程は三年間勉強するが、いずれは国家試験も受けるつもりだ。少しずつ米倉の事務所で働く準備が進んでいた。

 オサムには、昨年暮れに会ったきりだった。福岡まで佳代が会いに行った。今回は間が空いている。最近は手紙ではなくお互いにアパートの電話で話していた。オサムが大阪出張も暫く無いと言うので六月ごろ、佳代は福岡へ行く予定にしている。

 大阪は梅雨に入った。

 一日中ジメジメと雨が降ったり止んだりと、気分的にうっとおしいが近くの公園の紫陽花がとてもきれいで忙しい佳代を癒してくれる。

 佳代は、今日の福岡行をオサムに話していなかった。

 いつも数カ月に一度、店の定休日である水曜日に出かけていたが今回、主任の気遣いで日曜日を有給として佳代に与えてくれたのだ。突然出向いてオサムを驚かせるのも楽しい。

  新大阪から、朝九時発の博多行の新幹線に乗り昼過ぎに着いた。
空港線 各停 姪浜行 で天神に着いて軽く昼ご飯を食べて、市内のオサムのアパートをめざした。今まで何度も通った道なので迷う事はない。

 日曜日なのでオサムは居るはず、連絡をしていないので少し不安はあったが出かけて留守であれば待っていようと簡単に考えていた。

 レンガ造りのしゃれたアパートに到着した。六月の中旬、日曜日の午後半年ぶりの福岡だ。早く顔を見たい!と期待で胸がいっぱいの佳代だった。

 佳代はオサムの部屋の前で深呼吸してからノックをした。オサムは驚いて喜んでくれるかな。ドキドキして出てくるまでの数分が長く感じた。

 「はい。どちらさまですか?」

 オサムの声は、くぐもった声だった。休みの日なので昼まで寝ていたのかな。

 「佳代です。大阪から会いに来ちゃった。」

 一瞬、間が空いてオサムの声が聞き取れない。

 「びっくりするなぁ。突然だね。」「あっ、今、会社の同僚が来ているんだ。」

 オサムは、ドアを開けたが佳代を中に入れるのをほんの一瞬だが、なんだか躊躇しているように見えた。一番辛かったのは、オサムには感じた事が無かった、佳代の頭の中のざわざわが湧き上がっている。佳代は、不安だったのだ。

 「あっ、そうなの?お客様だったの?ごめん!突然きてしまって、どうしようかな。」

 佳代は狼狽えた。想定外の出来事だったのだ。そうだよね、お互い離れて暮らしているんだから電話で話すくらいで日常の事なんて分からないんだよね。あぁ~遠距離恋愛は辛い、なんて心の中で独りごとを言っていた。

 「どうぞ、中に入ってよ。佳代ちゃんにも紹介するから。」

 オサムはドアを開いて佳代を部屋の中に入るようにすすめた。

 部屋に入ると見慣れた部屋が、今日は違って見えた。半年の間に少し微妙に変わっていたのだ。リビングの応接セットも模様替えしていたし、飾り箪笥の上も違う。それにお花も飾っている。

 ソファーに座ると、オサムの同僚だという女性と目が合った。

 「こんにちは。大阪から大変でしたね。疲れたでしょう。」

 優しそうな、その女性はオサムよりもずっと年上に見えた。

 「いいえ、新幹線は好きですから退屈ではありませんでした。」

 佳代は、自分でも何を言っているのか分からないほど頭が真っ白になっていた。いつもなら自分が台所に立ってお茶を入れたり料理を作ったりしていた。

 その同じ部屋とは思えないほどの空気感で、自分はここに居てはいけない存在なのだと感じた。

 「佳代ちゃん、紹介するよ。この人は、同じ会社の事務をされている人で今日は僕が会社に忘れていた書類を届けてくれたんだ!」

 オサムは、佳代の目を少し見てお茶を入れると言って、慌てて台所へ立った。

 佳代は自分の浅はかさを恥じた。それでも救われるのは、その女性が優しそうな目をしていた事だ。穏やかなオサムにはお似合いだと思う。

 自分はオサムを頼ってばかりだった。遠距離とはいえ、何もしてあげれない。自分の事でいっぱいいっぱいな状態なのだ。仕方がないのかなと思うと嫉妬心も不思議と湧いてこなかったのは何故だろう。

 「あっ!オサムさん、お茶は大丈夫です。私、今日は主任の用事で福岡にきたのでちょっと寄っただけなんです。これで失礼します。お邪魔しました。」

 佳代は、立ち上がり台所でお茶の準備をしているオサムに声をかけ玄関へ出て、靴を履き始めたらオサムが駆け寄ってきた。

 「えぇ!どうして?ゆっくりしていけばいいのに。何も気にしなくていい人だから。」

 「ありがとう。でも突然来てしまってごめんなさい。オサムさんにも予定があったのに邪魔してしまったみたいで、また電話しますね。」

 佳代はオサムに会いたくて福岡まで来てしまったが、今回は先輩の用事だと心にもない嘘をついた。それだけ言うのが精一杯の佳代だった。

一番辛かったのは、オサムの気持ちが透けて見えたこと。優しいオサムの辛そうな言葉が佳代の頭の中に入り込んでくる。

「ごめんね。佳代ちゃんごめんね。僕は弱い男だよ。寂しかったんだ、ごめんね。」

 それから、どう帰ったのかあまり覚えていない。

 気が付けば新幹線乗り場の博多駅の構内の人混みの中にいた。どうしよう、大阪に帰らなくちゃいけないんだ。自分の生活はオサムの住む福岡じゃない。大阪なのだからと自分に言い聞かせた。

 切符を買い、新大阪行の新幹線を待つホームのベンチに座ると堪えていた涙が一気に溢れてきた。寂しかったと同時にオサムとの思い出が頭の中をぐるぐると駆け巡った。松屋町でオサムと出会った時の事。中之島の図書館での事。

 二十歳を過ぎた頃のクリスマスパーティーの事。何度もこの福岡に通って幸せだった時の事。オサムの出張で大阪で時間を惜しんで会った事。楽しかった思い出が次々と現れては消えていくのだった。この腕時計もオサムが買ってくれた、時計を見てもオサムを思い出す。

 佳代は、新幹線の列車の中で背中をあずけ目を閉じた。オサムが悪いのではない、仕方がないのだ。人は寂しい生き物、長い間離れていれば、寂しいにきまっている。毎日の生活の中で温もりや触れ合いを探しているのだ。

 あの優しそうな女性の目はオサムを幸せにしてくれるだろう。きっとオサムは大丈夫、でも私はどうだろう?私の気持ちは?大丈夫なのか?自分に問う。

 大阪の天王寺の佳代のアパートに戻ったのは、夜八時を過ぎていた。部屋に入ると同時、その場に座り込み銭湯へ行く気力も元気も残っていなかった。明日は、早朝から売り出しの準備をしなくてはいけない。気持ちを切り替えなくちゃと自分に言い聞かしていた。

 

 

 


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大阪暮らし11 引き抜き

 佳代が天王寺の化粧品店に勤めだして三年目、佳代は23歳になっていた。

 入社した次の年に化粧品会社の招待で社員旅行があり、他店の人との関わりも主任のおかげでスムーズにいけた。定期的にある交流会も佳代にとって勉強になるイベントだった。

 一番の出来事と言えば社員旅行の時に、親友である同い年の美穂に恋人ができた事だ。恋人はお店に出入りしている化粧品メーカーのセールスの男性。美穂の片思いがついに実って幸せそうである。旅行がきっかけで恋人同士になったようだ。

 セールスの男性は白井と言って佳代が入社した当時から佳代に気があったようで佳代をよく誘っていた経緯があり、その事で佳代と美穂は一時的に中互いした時期がある。店で、あからさまに佳代が断るので白井は諦めたようだ。

  そんな美穂と最近は良く話し込む。

 「佳代ちゃん、遠距離恋愛って辛いね。次、オサムさんに、いつ会いに行くの?」

 昼休みの食堂でサンドイッチを食べながら美穂に聞かれた。今日のお昼は、朝から佳代が準備して美穂の分も作ってきたのだ。松屋町で住み込みで働いていた時よりも料理の腕は上がっていた。図書館で料理本を何冊も読んで勉強した。今は、何でも作れる自信がある。

 佳代は、三カ月に一度九州福岡まで新幹線でオサムに会いに行っていた。オサムも時々、大阪出張の時があるのだが佳代と、なかなか曜日が合わないのだ。

 オサムが日帰り出張で大阪に戻ってきた時は、佳代の仕事終わりに急いで新大阪まで会いに行く忙しないデートだったりするが、それでも佳代は嬉しかった。

 店では、佳代のお客様も増えて売り上げも先輩たちに負けないほどになっていた。メイクや美顔の技術も腕を上げて周りが驚くほど成長していた。最近では、メイクを頼まれる客に、他のメンバーは佳代にバトンタッチするほど認められていた。

 お給料も三年目に入ってグッと上がった。売り上げ成績が良いのでボーナス的な収入も他より多めにもらえるようになっていた。その分、貯金もできているがオサムに会いに行く旅費が一番堪える。佳代の食費よりも加算でいた。そんな佳代にオサムは時々だが旅費を送ってくれる事がある。

 二人の仲は、順調だった。

 美穂は最近、白井との結婚の話をよく佳代にしていた。具体的な話を聞く度に、美穂が結婚までうまくいきますようにと佳代も応援している。
佳代は、美穂の結婚がうまくいくといいなと心底思っていた。

 「今度、わたしオサムさんに会いに行くのは年末になるのかなぁ。福岡は遠いよねぇ。美穂ちゃんこそ、結婚決まったら絶対に教えてよ。白井さんは、ああ見えて優しいからねぇ。美穂ちゃんペースで進んでいくかもしれないよ。がんばってね。」

 佳代には結婚よりも夢があるのだ、メイクアップアーティストになって自分のお店が欲しい。一流の人達との関わりを持ちたいと大きな夢を持っていた。

 オサムと、もちろんずっと一緒に居たいと思う気持ちはあるが、両方を叶えるのは現実的に無理がある。最近、客観的に今の自分を考えて眠れない時がある。今はこのままでお金を貯めて余裕ができるといずれは、美容学校に通いたい。

 卒業したら仕事のチャンスを見つけて一生懸命働いていつかは店を持ちたい、漠然とだが思い描いている。

 口には出さないが心の奥で少しずつハッキリと見えてきた。佳代の夢の話はオサムに言っていないのだ。オサムの口から結婚の言葉が出る前に話さなければいけないといつも思っていた。

 日曜日の午後、佳代の最初のお客さまである、芸能界で働いているという三輪明美がやってきた。高額の化粧品を全種類揃えてくれた大得意さまだった。三輪は、大体、月一で通ってくる。今日は、年配の女性の連れがあった。

 「佳代ちゃん、今日は紹介したい人がいるのよ。この人は芸能界の裏方の仕事を請け負っている事務所の社長だよ。メイクやヘアスタイル、そして、ファッションの専門家、毎回、佳代ちゃんにメイクをしてもらって局に行くと、いつもメイク褒められて、以前から一度佳代ちゃんに会ってみたいと言われたから。」

 「メイクアップアーティストになりたい人がいると言ったらね、ぜひ会いたいって言われてたの。人手不足らしいよ。」

 三輪は、店の皆に聞こえるほどの活舌の良い高い声でカウンターの中にいる佳代に言った。一瞬、びっくりして言葉がでなかったが一呼吸してその女性の方を見て頭を下げて挨拶をした。話の成り行き上、今からその年配の女性の顔に美顔術をした後メイクもすることになってしまった。

 店の奥の美顔室に年配の女性だけを案内して佳代のマッサージの施術が始まった。メイクを落として、マッサージをしてお化粧をする。その年配の女性は佳代を試しているのだと思った。

 「あの女性は、佳代ちゃんを引き抜きに来た人?」

 美緒は、気になって三輪に聞いた。三輪は、自分は頼まれたから一緒に連れてきただけ、詳しい事は聞いていないと、マニュキアの新しい新色はどれなのかと美緒に聞いて、そのマニキュアを塗り始めている。

 その日の夕方、レジを閉めてから佳代は主任に呼ばれた。

 「佳代ちゃん、今日のお客様は佳代ちゃんに自分の事務所で働いて欲しいらしいよ。化粧品を買ってくれた後、そっと私に話してくれたけど、佳代ちゃんの気持ちを聞かせてくれる?どう考えているの?」

 主任には感謝している。佳代がメイクの勉強をしたいと言った時メーカーのセールスに講習会上級のメイク専門コースを受けさせてもらえるように頼んでくれたのだった。学校へ行かずとも無料で勉強ができるありがたいシステムがあったのを教えてくれたのが主任だった。

 せめて五年はこの店で頑張りたいと思っていた。しかし、今日の三輪が連れてきた事務所の社長が佳代に言った言葉を思い出す。

 「あなたは、メイクアップアーティストになれるセンスも技術も十分にある、顔も美人だからテレビ局へ連れて行っても十分に通用する。ヘアメイクは内の事務所へきてくれたら学校へ行かなくても基礎から十分教えられる人材も大勢いるわ。返事は急がないから考えてみて欲しい。」

 と、ハッキリと言われ、米倉洋子と書いてある名刺をもらったのだった。主任に対して申し訳ないと思う反面、米倉さんの事務所へ行ってみたいという憧れの気持ちが抑えられなく揺れていた。

 「主任、私は将来はメークアップアーティストになりたい夢があります。しかし、主任には感謝しています。勉強をさせてもらえる機会を作ってくれて実際に経験になるようにと優先的に私にお客様のメイクを任せてもらえてとても勉強になっています。それから、後、後二年はこの店で働かせてもらうつもりです。」

 佳代は思わず言ってしまった言葉は、後二年だった。主任の顔を見ていると悪くて申し訳ない気持ちが抑えられなかった。いつも佳代を助けてくれている主任を、自分の事ばかり考えてはいけないと思い、裏切れなかった。

 現在、店はけして順調だとは言えない。一人、経験豊富な先輩が抜けたら売り上げがグッと落ちた。秋に、また一人先輩が退職すると美緒に聞いたばかりだったのだ。

 明日、米倉さんに電話をしよう。後二年待って下さいとお願いしよう。二年の間にもっと勉強してどこでも通用する技術を磨こうと心に決めた。そして、美容学校へ行かずとも夜、仕事が終わって近所の美容院で下働きしながら教えてもらおうと思った。佳代は心当たりがあったのだ。

 近所にある、その美容院のオーナーが時々店にやってくる。自分の店にも化粧品を置いているのだが若い時から使っている化粧品は変えられないのだと、よく佳代や店の女の子を話し相手にお菓子を持ってきて時間をつぶしていくのだ。二年前から佳代もこの美容室でカットをしてもらっていた。年配の気さくな優しい女性だった。


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