大阪暮らし2 違う世界の大学生

 「佳代ちゃ~ん! ちょっとお使いに行ってきてくれへんか?すぐ近くやから佳代ちゃんにも分かると思うからな。」

 「このメモに、地図と必要な化粧品の名前を書いとるから先方さんのお店に行ったら、このメモを渡すんやで!分からへんかったら誰かに聞いたらええから、歩いている人に聞いたらあかんよ!ちゃんとそこら辺の店で聞かなあかんよ!」

 奥さんから持たされたメモには、簡単に書いた地図と某メーカーの化粧品の名前が書いてあった。うちの店には商品が品切れで、それでも急ぐお客様のご要望なのでメーカーに発注しても時間がかかって間に合わないのだ。近所の化粧品店にお願いできるシステムになっているらしい。

 「こんにちは。すみません。松屋町の松下化粧品店からお使いにきました。コレを見て下さい。」

 メモの地図に書いていたお店は、心斎橋の賑やかな通りから少し横の道に入った所にあった。

 「あっ。いらっしゃい。さっき奥さんから電話をもらっていますよ。商品、用意していました。そして、コレは、あなたに、お駄賃ですよ。」

  見るからに優しそうな、お店の女性が商品が入っている袋と並べてカウンターの上に置いたのは、ポチ袋だった。

 「えっ。いいえ、ありがとうございます。わたしなら大丈夫です。これも仕事ですから。それに、貰ったら奥さんに叱られるかもしれませんから。」

 佳代は、困ってしまって化粧品の袋だけ手に取った。

 「大丈夫よ。そんなに入っていないから。気にしないの!いつも店員さんが来たらあげているのよ。だから貴女も取っときなさい。」

 お店の女性は、優しく微笑みながら佳代に言った。

 佳代は、店員さんとは、夏美ちゃんの事だと心の中で思った。そんな話は全然奥さんに報告していない夏美ちゃんらしいと思う。あまりお断りしても逆に気を使わせてしまうので遠慮なく頂くことにした。

 その日の夜、夏美ちゃんと銭湯に出かけた時、その話をした。夏美ちゃんは、まったく気にしていなくて呆気らかんとしていて私は、夏美ちゃんがかっこよかった。

「佳代ちゃん、何でも気にしすぎやわぁ。あげる言うもんは、貰っといたらええねん。そんなことは、いちいち奥さんに報告せんでもええ!分かった?」

 「はい。分かりました。そうします。」

 佳代は、友達の年上の艶ちゃんに紹介してもらった、この松下化粧品店に住み込みで働く条件は、あくまでも化粧品店の店員さんだったのだ。それがいつの間にかお手伝いさんになっていて化粧品の勉強会になかなか出席させてもらえなかったのが少し不満だったが、慣れるまでは仕方がないと諦めていた。

 その日は、佳代の定休日。週に一度、自分の好きな日にお休みをもらえるのだ。前もって日にちを申告すると奥さんが都合をつけて店番も家事も自分でやってくれる。

 「今日は、佳代ちゃんがお休みやから夏美ちゃん!支店から早めに帰っといでな。秋ちゃんには、もう話しとるから。ええな。夕飯の買い物を手伝ってや!」

 朝食を終えて秋ちゃんと一緒に出掛ける準備をしていた夏美ちゃんに、奥さんが話しかける。私は、みんなが食べた後の食器を洗いながら耳をそばだてていた。私がこの店に来る前には、夏美ちゃんがやっていた仕事だった。

 休みの日でも雑用は片付けてから出かけなければいけなかった。

 久しぶりに出かける佳代は嬉しかった。その日は、この店を紹介してくれた艶ちゃんと会う約束をしていた。働き出して最初に出かけたのは、お給料が出た時、美代ちゃんの家にお世話になった時期の家賃と食費を払いに出かけた。そして、二回目の休日には一人で心斎橋の商店街で買い物をした。

 佳代は、休日は出来るだけ出かけたかった。常に奥さんがいて用事を言われ休日なのにゆっくりできない初めて、住み込みで働く辛さを知った。

 「佳代ちゃん、待った?どう?仕事は?皆さん優しくしてくれている?住み込みは大変だけど頑張ってね。」

 その日、心斎橋の商店街の人波をかき分けて難波まで歩いた。待ち合わせの高島屋の近くの喫茶店で艶ちゃんが待っていてくれた。佳代は艶ちゃんが優しいお姉さんの様で安心できる。今日もいろいろ気遣ってくれた。

 艶ちゃんは、色白でほっそりとスタイルも良く美人さんだと佳代は思う。お化粧も、夏美ちゃんとは、やり方が違っている。付けまつ毛もしていない。マスカラで長いまつ毛をカールさせていて、アイラインやアイシャドーも目立たなく上品だと思った。夏美ちゃんよりもずっと年上の感じがするが佳代は、歳を聞いた事がない。

 佳代は、知らないが艶ちゃんは大きな支店がいっぱいある化粧品店で働いているらしい。そこのお店の旦那さんや他の店の旦那さんの事も良く知っていた。化粧品の知識も豊富で長くこの仕事をやっているのだと思った。

 「佳代ちゃん、今度のお休みには私のアパートに遊びにおいで。夕ご飯も一緒に食べよう。出来るなら泊っても良いよ。奥さんに聞いてみてね。」

 優しい艶ちゃんが大好きだった。艶ちゃんと一緒にいるとリラックスできる。佳代の頭の中もザワザワしない。一緒に歩くとすれ違う男の人が振り向くほど美形だった。何度目かのお休みの日、艶ちゃんのアパートに泊まった時に男性用のパジャマがあった。

 佳代は、まだ男の人と付き合った事がないので艶ちゃんの話が刺激的で驚く事ばかりの連続だったのだ。

 朝、艶ちゃんがお化粧をしている様子をじっと見ていた。素肌もとても白くてつるっとすべすべで佳代は、うっとりとした。話では彼氏は、神戸の芦屋の長男で大学四年生だと教えてくれた。

 プレゼントされたベルベットのドレスも見せてくれた。ドレスの木地は光沢がある手触りの良い豪華なドレスだった。すごいなぁ、艶ちゃんは、と心の中で思った。

 何回か艶ちゃんに会っている内に艶ちゃんは夜、宗右衛門町でホステスのアルバイトをしていると言っていた。

 昼間は化粧品店の店員をして、夜はアルバイトをしているらしい。その時に大学生の彼氏と知り合い、デートもして、プレゼントも貰ったと言っていた。化粧品店にアルバイトの事がバレたらどちらかを辞めると言っていたが、佳代にはどっちを辞めるのか見当がつかなかった。

 佳代の知らない世界だと思った。

 そして、艶ちゃんのアパートに泊まった日の朝、大学生の彼氏が来て、一緒にドライブに連れて行ってくれた。その彼氏の家に用事があると言う事で私も乗っていくように勧められたのだ。

 神戸の芦屋の山の上の辺りまで車が登って行って大きな家の車庫の前で止まり車の中からリモコンでシャッターを上げたのには驚いた。艶ちゃんも私も車から下りなかった。その大学生は家にどうぞとは、言ってくれなかったのだ。艶ちゃんは彼女なのに何故だろうと思った。

 大学生が家の中に入り用事を済ませすぐに車に戻って大阪の難波まで送ってくれた。佳代の頭の中がザワザワと気持ち悪かった。帰り、車の中に私は傘を忘れてきた。

 一週間が過ぎた頃、艶ちゃんから店に電話があり奥さんが私に繋いでくれた用件は、私に傘を届けるので近くの喫茶店まで来て欲しいとの事だった。

 奥さんに許可をもらいその指定された喫茶店に行ったら、艶ちゃんは来ていなくて男性の大学生が二人テーブルに向かい合って座っていて名前を呼ばれ、私は、案内されて席に着いたが二人の話に付いていけなかった。

 それに、私が注文したアイスコーヒーの言い方が可笑しかったのか、バカにされたような言い方が感じ悪かった。頭の中がザワザワとして嫌な事が見えてくる。

 どっちの男性が艶ちゃんの彼氏なのか、もう、私はどうでも良かった。

 親のすねをかじって良い車に乗って、夜の店に出入りするような大学生は、私の様な住み込みで働く女の子は面白いのか。二人の考えている事が透けて見えた。

 こんな惨めな気持ちになったのは初めてだった。

 それ以来、私は艶ちゃんのアパートには遊びに行かなくなったが、艶ちゃんが可哀そうになった。辛い思いをしなければ良いのだがと心配になった。

 


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大阪暮らし1 住み込みのしごと

「佳代ちゃ~ん! 買い物に行ってきてくれへんか?!

今日は、まーくんの好きなカレーにするから。長堀商店街のお肉屋と八百屋さんに寄ってな!」

 この店の奥さんは、子供が三人いた。長女はもう成人していて心斎橋の化粧品店の支店の方を手伝っている。長男は高校二年生。次男がその、まーくんなのだ。小学一年生の男の子。

 ずいぶんと年の離れた兄妹だな、と佳代は思っていた。奥さんは、高齢で生んだ次男のまーくんが可愛くてしょうがないみたいだ。とても甘えん坊のまーくんは体が弱いので、それもあるのかなぁと思っていた。


 ここの化粧品店を紹介してくれたのが職場で知り合った艶ちゃんだった。電機会社で一緒に行動を共にしていた美代ちゃんは、ちょっとした事で気まずくなってしまった。

***

 佳代が大阪にやってきたのは、中学を卒業してすぐの事。

 集団就職で大きな電機会社に就職したが世の中が不景気になって会社は倒産した。

 寮で暮らしていた佳代は行く当てもなく困っていた時、実家から通っていた同僚の美代ちゃんが自分の家に来ないと誘ってくれた。一日でも早く住むところを探さないといけないと焦っていた。

 美代ちゃんと二人で、町工場やレコード店の店員を試しに一週間ほど経験したが、気に入らなくて彼女が辞めると佳代も流されて一緒にくっついて辞めていた。

 佳代は、幼いころから不思議な能力があった。

人と話をしていると頭の中がザワザワしてきた時に、相手の考えている事が透けて見えるのだ。田舎を出る時、母にきつく言われたことがある。

「佳代!!決して人様にその事を話したらいけんよ。話すと佳代が生きていくのに邪魔になる。」

 「見えた事を自分だけで、よく考えて佳代がこれからを、どう選んで人生を生きていくのかで幸せになれるかどうかが決まるんじゃからね。」

 普段は優柔不断で寂しがりやなのに、時々この不思議な力が現れて佳代の運命を導いてくれる。

その事に、始めて気が付いたのは、小学六年生の時だった。

 漁師だった父は毎日、酒を飲んで暴れていた。酒乱で被害妄想だった父は、母に暴力ばかり振るっていた。子供だった佳代が止めに入った時にも、相手構わず暴力を佳代にまで振るった事もあった。

子供心にそんな父が大嫌いで、早く死ねばいいのにと、母が殴られるたびにいつも思っていた。

辛い毎日の繰り返しの中、事件が起きた。

「お前の事を噂しているもんがおるんじゃ!!悟とできとるらしいのお!」

「何言うとるん、家が貧乏じゃけん、困っとろう!言うて悟さんが残りの魚をくれとるだけじゃがぁ!危ないから、そんなもん振り回すのは止めて!」

母は、叫びながら父の持つ出刃包丁を取り上げようと必死だった。ほんの一瞬母の声が途切れて静かになった時、父のお腹に包丁が刺さって母は呆然と立っていた。

佳代は、妹の京香と二人薄暗い汚い部屋の襖の隅で見つめていた時、急に頭の中がざわざわしてきて母の声が聞こえた。

 「ごめんなぁ、あんたは死んでくれて良かったんじゃぁ。」

母の辛そうな悲しい声が佳代の頭の奥に響いて聞こえてきた。

 小さな漁師町で起きた事件は、正当防衛という事になって母は刑務所には入らず、貧しいながら漁連で母は下働きをさせてもらい、三人で佳代が中学を卒業するまで暮らした。近所の人達も父の酒乱や暴力の事を知っていたので、母の人柄もあってか皆、同情的で親切にしてくれた。

 中学生になった頃、頭の中に聞こえたその事を勇気を出して母に話してみた。その後も度々、人の嫌な言葉が聞えてくるので怖くなっていたのだ。

***

 

 佳代は、前の工場で好きだった人の事をよく美代ちゃんに話していた。美代ちゃんが優しく聞いてくれてお姉さんみたいに慕っていたが、ある時、美代ちゃんの考えが見えてしまった。

 いつも優しく相談に乗ってくれて話も聞いてくれていた美代ちゃんが、佳代に内緒でその人と付き合っていた事が見えてショックを受けたのだった。佳代は、美代ちゃんの家を出る時、その事は、言わなかった 。

 「美代ちゃん、二週間だったけど、お世話になりました。おばちゃんにもお礼を言っておいてください。いつも美代ちゃんと同じようにお弁当を作ってくれて嬉しかったと伝えてね。」

 「今までの家賃と食費は次に働いた所のお給料が出たら必ず払いにくるから。それまで待って下さい。」

***

 このお店にはもう一人、店員兼お手伝いさんがいる。

 夏美ちゃんだ。彼女は福井県から出てきたらしい。色白でいつも長い付けまつ毛をしていた。佳代の先輩になる夏美は、長女の秋ちゃんといつも行動を共にしていて佳代が入ってきたのを機に支店の方を手伝っている。

 夏美ちゃんは、休みの日になると、ミニスカートをはいて濃い化粧をして難波の町へくりだしていく。たぶん、ディスコだろう。

 夏美ちゃんは、佳代と同じ部屋で寝ていた。お風呂も近くの銭湯へ二人で出かけて、なんでも教えてくれた。いつも夜になるとポータブルプレーヤーで、トワ・エ・モワ の「或る日突然」 をかけて歌っていた。

 「はい。奥さん、牛肉でカレーも美味しいのですが豚肉のロースでカレーも美味しいですよ。前に居た下宿先では、いつも豚肉でした。節約にもなりますしね。」

 佳代が言うと。

 「ほな、佳代ちゃん。今日は、豚肉で作ろかねぇ。頼むわ。洗いもんが終わったら、早ように行ってきいや。寄り道しなや。」

 「はい。分かりました。他に買い物はないですか?」

 「そやなぁ、まーくんの好きなバナナも買うてきてくれへんか。」

 そう言うと奥さんは、お店の雑貨の伝票を食卓の大きなテーブルに広げて目を通し始めた。旦那さんは、巨体で小柄な奥さんよりもずいぶん年上のようにも見える。大きな黒縁の老眼をかけて一緒に伝票をチェックしていた。

 その日の夜、食事の時に奥さんが言った。

 「今日の、この、ご飯。夏美ちゃんの実家の畑で取れたお米なんやで。送ってくれはったんやがな。美味しいなぁ。夏美ちゃん、お母さんによろしゅうに言うてや。」

 夏美は、佳代の顔をドヤ顔で見た。佳代は、少し肩身が狭かった。

 翌朝、二人の朝食は奥さんがご飯だけは炊いてくれていたが、おかずの卵焼きはいつも自分たちで焼くことになっていた。奥さんや旦那さん子供たちの家族が食べ終わると従業員の二人が食べる。卵焼きのない時には佃煮や昨夜のおかずの残りで朝食をちゃっちゃと済ますのが日課になっていた。

 佳代は、夏美ちゃんと並んでご飯を食べるが嫌だった。夏美ちゃんは食べるのが早すぎて佳代はいつもおかずを夏美ちゃんに食べられるのだ。それでも佳代は夏美ちゃんが好きだった。面倒見の良い夏美は新入りの佳代の世話をよくやいた。

 二階の私たちの部屋は六畳で押し入れには、重くて分厚い古い布団が二人分入れてある。その横に小さな箱を二つ並べて佳代と夏美ちゃんの日常品を入れていた。もちろん服もその箱の中なので着る時には、しわが気になってしょうがなかった。

 夏美ちゃんは、佳代よりも一つ年上の十九歳。もう、すでに大阪人になっているような流暢な大阪弁を使いこなす。佳代は、大阪弁に慣れていないのでなるべく標準語で話すようにしていた。

 「佳代ちゃん。今日は支店の商店街がお休みやから、佳代ちゃんと一緒にお店番をしてやぁって、奥さんに言われてんねんけど、私ちょっと心斎橋に買い物に行って来たらあかん?帰ったら一緒に店番するから。」

 夏美ちゃんは、今日は、長女の秋ちゃんのお見合いに奥さんと旦那さんと三人で出かけたのを知っていて佳代に言った。夏美ちゃんは、佳代に比べとても要領がいいのだった。

 「えぇ~わたし一人で店番、ちょっと心細いけど早めに帰ってきてね。」

 佳代は、雑貨のお客様だと応対ができるのだが、化粧品の客にはまだ勉強不足で不安がいっぱいなのだった。化粧品メーカーの勉強会にまだ一度しか参加した事がなくてお客様の要望を聞いてもよく分からないこともあるのだった。

 夏美ちゃんは、その勉強会にいつも参加していて、支店でも秋ちゃんがいなくても、一人で留守番して化粧品を販売できるので佳代は、羨ましかった。

 その日は、思った通り夏美ちゃんはお昼を過ぎても帰らなかった。佳代は、化粧品のお客様が来たらどうしようと不安でいっぱいだった。でも、一応お話を聞いて夏美ちゃんが戻る午後から来てくださいとお願いしようと決めていた。

 一人の客が化粧品を選んで欲しいと来たが、いつもの常連さんみたいな話しぶりだったので改めてまた来てくださいとお願いしたら何の問題もなく了承してくれた。

 奥さんたちが帰ってくる少し前に夏美ちゃんが帰ってきた。本当に要領がいいなと佳代は、関心した。夏美ちゃんは、留守の間は、何も問題はなかったと奥さんに報告した後、店番に立っていた。

 私は、奥さんに言われて夕飯の買い出しにメモを持って出かけて行った。

 夕飯の後、新入りの私がお茶碗を洗って台所の後片付けを終わらせてから二階に上がると夏美ちゃんが今日買ってきた服を見せてくれた。やっぱりミニスカートだった。少しふっくらさんだが夏美ちゃんは、ミニスカートが良く似合っていた。

 夏美ちゃんと暮らすようになって一度も佳代は、頭の中がザワザワしない。楽に暮らせていた。

 

 

  


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僕の失恋6 短編

僕は、仕事にも慣れて、久しぶりにゆっくりと過ごせる休日だった。

 朝から、部屋の掃除をしてベランダに布団を干して近所のスーパーまで買い物に出かけた。最近、外食ばかりで栄養も偏っていると思う。美子からのメールでずいぶんと心も穏やかになった。美子のお母さんの容態も気になってはいるが、まだ有給は取れないので見舞いに行く事は暫く無理なようだ。

 年を明けると、勤務先が変わる。名古屋にある別店舗で働くことになっている。今、住んでいる所から一時間ほどの場所にある店舗で経験を積むのだと上司から伝えられた。数年間はこの繰り返しで仕事を覚えていくことになる。いずれは大阪に戻れるようなことも言われているが、いつになることやら。

 「美子。お母さんの具合は如何ですか?先日のメールで僕たちの結婚が可能だったことに安心したよ。ホント良かったと思う。お見舞いに行きたい所だが暫くは有給が取れないのでおばさんに、よろしく伝えてほしい。」

 「そして、まだまだ先になるとは思うが、おばさんの体調が安定したら僕の住む名古屋に来ないか?一緒に暮らそう。」

 僕は、美子に住んでいる住所を知らせた。

 それから、一カ月過ぎた頃、美子からメールがきた。

 「正人、連絡をありがとう。実は、母が心臓の手術をする事になったの。当分の間は母に付き添う事になるの。正人の住む名古屋までは、遠すぎて会いに行けないと思うわ。」

「私も、正人にすごく会いたいけど、しかたないよね、我慢する。それと、大阪の引っ越したばかりのアパートは、友達に頼んで職場の人に住んでもらう事になったから、ホッとしました。正人も体に気を付けてお仕事頑張ってください。 美子。」

  僕は、美子に会いに和歌山まで日帰りしてでも出かけようと思っていたが、先日本社に出勤した時に本部からの命令で一年間の僕の仕事内容と感想を簡単なレポートにして提出するようにと上司から伝えられてしまい、今月の休日は忙しくて取れない事になってしまった。

 そんな時、大阪に住む母から手紙が届いた。

 メールではなく手紙だったので何事なのかと思いながら封筒を開けた。

 「正人、お元気でお仕事を頑張っていますか。以前、送った戸籍謄本は役に立ちましたか?パスポートは取れたの?そして、何時頃海外に研修にいくのでしょう?」

 「そう言えば、正人が大学生の時に付き合っていた人とはどうなっているの?最初の二人はすぐに付き合いをやめた事は知っているけど、四年生の時に一度マンションに連れてきて母さんに合わせてくれた、あの人とはどうなっているのかと思ってね。今も付き合っているの?」

 母は、結婚を機に仕事を辞めて家で専業主婦をやりだしてから、どうも心に余裕ができたのだろう、僕の事を気にかけだしたのだ。それに、京子をマンションに連れて行ったのにも、そんなに意味はなかった。

 母は、多分、大沼京子の事を言っているのだろう。あの時は、僕が今読んでいる本が面白いから今度貸すよ。と言うと、京子が今、マンションに取りに行こうよと気まぐれで、ついでに僕の母にも会ってみたいと言い出して断り切れなかったのだ。母が思うような関係ではないのだが、いちいち説明も煩わしいので話題にしなかった経緯がある。

 僕は、母に美子の事も何一つ話していなかった。僕の好きな人は美子なのだと言いたかったが和歌山での話は、無意識にさけていた。僕が高校を卒業した時に大阪に出ようと言い出したのも母だったのだ。僕を大阪の大学に進学させたいと言い出したのも母だった。

 その時は、何も考えず母の言う事に従って大阪に一緒に引っ越して大学に進学したのだ。僕は、アルバイトをしながら大学に通ったが、最初の入学時の必要なお金は全部母が出したのだ。結構な金額になっていたので僕は心配して一度母に尋ねた事がある。

 「母さん、そんな大金大丈夫なの?僕は別に高卒で働いてもいいんだよ。母さんと一緒なら。どこか働き口を探すから。無理をしないでよ。」

 僕は心配していた。引っ越しの費用やマンションの契約金や家賃だって結構な額だった。いくら、旅館で真面目に働いて貯金していたと言ってもたかが知れていると思う。社会人になった今だから分かる事もあるのだ。

 「大丈夫だよ。正人は何も心配いらないの。今まで、母さんは正人を大学に入れようと思って頑張って貯金をしていたんだよ。正人が心配することは何もないんだからね。」

 その時には、僕は母の言う事を鵜呑みにしていたが、今になって思うと母がそんな大金を持っている事自体が不可解な事だと思う。美子の父親の言うように、僕の本当の父親だとしたら母にお金を渡していても不思議ではない。

 それに、当時僕を認知していない事も母と僕にとっては、辛い事だった。美子の父親、即ち社長が罪滅ぼしの為に母にお金を渡していても不思議ではないのだ。

 しかし、母は、僕の父親は外国船の船乗りだったと言い続けている。お互い、母と僕は、その話には触れない様に無意識に避けていたのだった。それでも、美子のお母さんも母と同じことを言っていたと美子は言う。そうであれば僕と美子には血のつながりが無いので嬉しいのだが、何かが腑に落ちないのだった。

 その事に対して美子の父親は何も言わなくなり、不自然なほど喋らなくなったと美子が言っている。僕は、何か胸騒ぎがしてならなかった。本当に美子を名古屋に呼びよせて一緒に暮らす事が可能なのだろうか。

 年が明けて僕は、新しい勤務先に変わった。大学の時運転免許を取っていて良かったと今更だが思った。車は、会社の車が借りれるようになった。昨年までの勤務先とは違い仕事内容も変わった。

 多分、以前、僕が書いたレポートも何らかの影響が有ったのだろうが僕は嬉しかった。同じ店でずっと接客ばかりだと飽きてしまう。でも、それも仕事!大切な仕事だから疎かにはしないで真面目に働いていたのが認められたのかと考えていた。

 名古屋にある支店を回ったり店舗に並ぶ商品の仕入れや売れ筋を同じ業界の店で情報を収集したりとバイヤーの仕事の見習いだったが刺激的で面白い。僕にとっても遣り甲斐のある仕事につけたと思っている。

 以前、母からきた手紙の返事は今だに書いていなかった。僕は、母が元気そうな事が分かればそれでよかった。

 

 


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僕の失恋5 短編

 幼馴染である岡崎美子からの会いたいと書いてあったメールで僕の心は揺れていた。

 住むところも無い。と聞くとすぐにでも名古屋に呼んでやりたいが、そうもいかない事情もある。僕の母に知られたら?悲しませることは間違いない。それに、美子の父親である社長に知られたら激怒では済まないかも知れない。そして、美子と同棲となると僕は理性を抑える自信がない。血の繋がった腹違いの妹なのだ。

 美子はきっと僕からの返信を首を長くして待っている事だろう。情けないが僕はどうしていいのか決断がつかなかった。四面楚歌になっても美子と結婚して一緒に住みたいと思う気持ちと反面、生きていくうえでの人間としてのモラル、理性ある人間とやらが頭の中で右往左往している。

メールをもらって三日目、美子からまたメールがあった。

「正人。ごめんなさいね、この間のメールわたし、どうかしていたわ。正人を困らせているのは分かっていたの。どうか忘れて下さい。」

「そして、わたし、住む所が決まりました。今、トランスジェンダーの彼女と住んでいる場所から五分ほどのアパートに引っ越します。今のマンションよりも狭くて古いけど、わたし一人なら十分な部屋です。仕事場がある梅田のエステサロンまでも近いし、決めました。」

美子は、僕の返事がすぐに来ない事に絶望したのかも知れない。

 一度、僕の戸籍を調べてみようと思った。母の言う事が本当なのか、美子の父親が言う事が本当なのか。ちょっと怖い気がするが、まずそれからだと思った。美子の言う事が間違いであって欲しいと微かな期待を持っている。

 「母さんお元気ですか? 僕は毎日、仕事を覚える事で必死だよ。実は、母さんに頼みがあるんだ。今度会社の上司たちと海外研修に行く予定があってパスポートが必要になってね。」

 「僕の戸籍謄本が要るので取って欲しいんだ。僕の戸籍は、母さんの故郷の和歌山だよね。戸籍の住所が分かれば、僕が郵送で取るから教えてくれないかな?この一年間は大阪に戻れないけど、母さんも新しい父さんも元気で体に気を付けて過ごしてください。正人。」

 母にメールを書いた夜は眠れなかった。もし、父親の欄に美子の父親の名前があったらどうしよう。いやいや、そんなはずはない。母の言う事故で亡くなった船乗りの父親の名前があるはずだ。それとも、父親の欄は空白なのかも知れない。未婚の母もありえる。

 「正人へ。 今日、戸籍謄本を名古屋のあなたの住所に送りました。母さんは、結婚した白井照正さんの戸籍に入ったので正人の戸籍謄本の中の山口雅子は除籍されています。父親の欄は空白です。」

 「正人は不審に思うかもしれませんが、これには訳があってね。いつかは正人に話そうと思っていました。」「実は母さんは、あなたを未婚の母として生みました。父さんと結婚の約束をしていたのですが急に予定よりも早く外国航路船に戻る事になってしまった父さんは、次に戻った時に役所へ行って婚姻届けを出そうと言ってくれたのです。」

「その時、あなたが母さんのお腹にいる事を知らずに事故に遭って亡くなったのです。身重になった母さんを助けてくれたのが和歌山の旅館の社長でした。美子ちゃんのお父さんです。社長とは長い間、友達として私たち親子を親身になって援助してくれました。母さんもそれに応えるべく一生懸命働いたのです。」

 僕は、母のメールを読んでいて分からなくなった。

 美子の父親は、僕を自分の子供だと言っている。では、何故、生まれた時に認知しなかったのだろう。両親の反対に遭っていたとしても男として卑怯ではないのか。美子の言う通り許せない。

 それとも、本当は母が言う様に船乗りの父と出会った事を美子の父親の社長は知らなかったのか?自分が親の言いなりになって結婚をする時に付き合っていた母を捨てた事実が母を苦しめ船乗りの男と関係を結んだ事を知らなかったとしたら。

 僕と美子は血の繋がりはないのだ。

 僕は、母に尋ねてみよう思う。美子と結婚しても良いのかと。しかし、船乗りの父の事が作り話だったとしたら、母をもっと苦しめる事になるのだ。

  「美子へ。返事が遅くなってごめん。僕も苦しんでいるよ。新居が見つかって良かったね。美子の気持ちも僕の気持ちも同じだ、苦しいよ。僕は、先日パスポートを取ると言って母に戸籍謄本を送ってもらった。」

 「僕の母親は最近結婚したから、僕の戸籍謄本から除籍されて新しい父親となる人の籍に入ったんだ。だから僕一人が残った戸籍謄本なんだよ。そして、父親の欄が空白だった。未婚の母だったよ。」

 「しかし、美子の父親と付き合っていたとは言っていない。友達でいつも助けられていたと母は言う。僕は思うんだ、美子の父親と別れた後、船乗りの男と知り合たんじゃないかと。結婚の約束をしていたが船の事故で籍も入れていない状況の中、僕を出産したと母は言っている。」

「子供の頃からそれは言っていた事なんだ。僕がお父さんはどこ?って困らせていたら船の事故で死んだと言っていたよ。僕は、美子と結婚してもいいかと聞くのが辛くてね。もし、美子の父親が言う事が本当なら母を苦しめるから。それとも、社長が思い違いをしているかも知れない。」

 「僕は、どうしても美子を諦めきれないよ。最後の手段は血液検査だ、DNA検査まですると辛い結果が出た時に立ち直れないかも知れない。美子はどう思う?」

 美子にメールをしたが直ぐには返事が無かった。

 暫く美子からのメールが途絶えて、三か月が過ぎた頃だった。

「正人。暫くぶりですがお元気ですか?お仕事頑張っている事でしょうね。わたしは、和歌山の実家に戻ってきました。母が心筋梗塞で倒れたと父から電話があって、迷ったけど母の事が心配だったからね。父親と会うのが嫌だったけど心配でいても経っても居られなくて。帰ってきました。」

 「母は、和歌山の大学病院へ今も入院しています。正人からメールもらった後だからもう、三か月になります。今は、母の容態が思わしくなくて心配です。そして、一つはっきりした事があります。母は、父が昔、母と結婚する前、正人のお母さんと付き合っていた事を知っていました。」

 「そして、正人のお母さんが言っている外国航路の船の男性の事を母は知っていました。結婚したいと言っていた事も聞いていたそうです。本当の話です。」

「知らなかったのは父だけだったのです。当時、自暴自棄になっていた正人のお母さんが心配だったので、わたしの母がいろいろ相談にのっていたらしいのです。祖母たちの企みでも、父が正人のお母さんと別れた事に母は、知らなかったとは言えとても、責任を感じていたと言っていました。」

 「祖母たちは、母の実家の援助を充てにして縁談を進めました。父と母が結婚した後、旅館で働いて欲しいとお願いしたのも母だったのです。わたしが、大学一年の夏に父が、わたしに正人との結婚を許さない!と言って大喧嘩した後、母は父にその事、正人の父親の事を話したそうです。」

 「父は母に何も言えなかったようです。わたしが実家に近寄らなかった事にも何も言わなかったと聞いています。母が入院して一度は体調が良くなった時があって昔の事をいろいろ話してくれました。わたしと正人は、結婚しても良いのだよ。と言ってくれたのです。」

 「父は、その事にまったく触れません。わたしと顔を見合わせても正人の名前は出しません。父は、二人の女性を苦しめたのですから。
それから、正人のお母さんに、わたしと結婚しても良いかと正人がもし、聞いたとしても反対はしないと思います。 」

 「でも、わたしは複雑です。正人の事が大好きで結婚したいと今も思っていますが、母の事を考えると可哀そうで辛いのです。母も父との結婚が幸せだったとは思えないのです。母からこの話を聞いていて、わたしは涙がでました。どんなに辛かっただろうと。」

 「父が昔、付き合っていた女性がいつも側にいるのを、知らなかった事にして暮らす事がどんなに辛かっただろうと思うと泣けてきます。わたしと正人が高校を卒業するまでの長い間、正人のお母さんも辛かったと思いますが、わたしの母も苦しかったと思うのです。」

 「一番悪いのは祖母たちです。お金の為に息子を結婚させて旅館を立て直しても後を継ぐ、母たちの気持ちも考えず。昔の人はこうなのかと嫌になります。いや、家の祖母たちだけなのかも知れませんが。わたしは嫌いです。」

 美子のメールを読んで僕の体中の力が抜けた。

 僕は、この数か月、いや、美子は数年間苦しんでいたのだ。頭の中が暫く放心状態だった。僕は、あの時、美子との結ばれないであろう事実を、そのモラルを無視して結婚しようと考えた時、僕の体の中の奥深くから湧き上がってくる異常な体感が今まで経験した事がない感覚だったのだ。あれは何だったんだろう。

 


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僕の失恋4 短編

美子に梅田で会ってから数か月が過ぎた。

 クリスマスにもお正月にも、僕の方からメールはしなかった。僕の頭の中は、あの時、美子の口から兄妹だと聞かされて停止したまま。まだ、整理がつかないのだ。いずれは、和歌山の本当の父親だと聞かされている社長に会いに行く事になるだろう。

 大学の方も無事に卒論も提出して気持ちが楽だった。卒業して四月になると勤務先が決まる。どこになるのかまだ分からないが先に、一カ月間、東京で研修がある。僕の会社は、全国に支店をもつホームセンター業界の有名な企業だ。業界の内容や企業の仕組みを研修で詳しく勉強する。僕の興味ある職種の仕事だと思っている。

三月も中旬に入った頃、母から電話があった。

 僕が、東京に研修に行く前に三人でご飯を食べようと誘いの電話だった。母には、美子と会った事も、兄妹だと聞かされたことも話していない。僕は、小さい頃から母から聞かされていた事が真実だと思い育った。

「正人のお父さんは、船乗りで船の事故で亡くなってしまったの。お母さんがお父さんの代わりに頑張っているんだよ。だから寂しくないよね。」

母は、僕が父親の事を聞くといつも同じことを繰り返していた。僕もそのうち父親の事を口に出さなくなっていった。

 そんな母も、昨年末に新しい父となる 白井照正と結婚して帝塚山の一軒家に二人で住んでいる。籍を入れただけの結婚だが母は幸せそうだ。

 母は、勤めを辞めて専業主婦をしているらしい。

それまでは、通いのお手伝いさんがいた。母と結婚してお手伝いさんも断って母一人で広い庭の手入れや、いくつもある部屋の掃除をこなしているそうだ。

「正人、母さんは、こんな広い家に住んだことがないので慣れるまで大変だったわ。主婦って忙しいね。会社に勤めていた方が楽だったわ。今度の日曜日には絶対に来てね。楽しみに待っています。」

 幸せそうな母は、弾むように明るい声で話していた。僕はあんなに明るい母の声を聞いた事がなかった。きっと母にとって人生で、今が一番幸せな時なのだろうと安堵したのだ。そんな時に、昔の辛い出来事を思い出させたくないと僕は心から思う。

 三月の下旬、新しい父となる人の帝塚山の家で僕は母さんが幸せそうな日常を送っている事を確認して、安心して大阪を離れた。

 四月になって、会社の東京の研修は一カ月間ホテル住まいだった。毎日、ホテルと研修のある商業施設を往復の繰り返し、他の事は何も考える余裕などなくホテルに戻ると食事して寝るだけの生活が一カ月過ぎた。

 僕の新しい勤務先が名古屋に決まり、一度大阪に戻り、引っ越しの準備やらマンションの解約手続きやらで慌ただしく名古屋の会社に近い公団に引っ越しを終えた。僕は、美子の事を考えると辛いので出来るだけ忙しく自分を追い込んで美子にメールをしなかった。

 名古屋が本社だった会社の近くに位置するホームセンターの店舗で販売担当になった。
商品の販売や商品の補充、陳列整理、発注、在庫管理などを行う仕事なのだ。その内、他県に転勤移動して、仕入れや店舗を回り販売促進のための仕事に従事するらしい。 色々な職種を経験してステップアップするのがこの業界の仕組みだと先輩から聞かされている。

 やっと新社会人として慣れてきた頃、大学の同級だった大沼京子からメールがあった。京子とは、大学の頃から緩く付き合っている。付き合っていると言っても京子に誘われると僕が付き合う程度の友達だった。僕は恋人とは思っていない。

 「正人くん元気? 新社会人としてバリバリ働いている? 今、何処に勤務しているの? 大阪に居ないのよね? 私は念願だった大阪の旅行会社に就職して、今はカウンター業務だけどその内、ステップアップして企画やマーケティングの方を担当できるように頑張るわ。」

「来月の第二、日曜日に会いたいよ。無理かなぁ? 雅人くんもたまには私を誘ってよ。勤務先を教えてくれたら何処でも私の方から出向いていくよ。」

 相変わらずマイペースな京子だった。前に聞いた事がある、僕のどこが好きでいつも誘ってくれるのか? 彼女曰く、僕の顔が自分の好みの俳優に似ている所と、何を言っても怒らない優しい所が好きらしい。

 「京子、ごめん。今回は無理だよ。仕事を覚える事で一杯いっぱいで不器用な僕にはまだ余裕がない。京子も分かるだろう、名古屋に来て社会人として断れない事もある。京子も仕事を頑張ってよ。その内、京子に海外旅行を頼むこともあると思うからその時には宜しく。」

 京子に断りのメールを書いたところで、僕は迷った。美子の事が気になっていた。今なら少し心の余裕もでてきた。しかし、何と書いたらいいのか? お互いに傷ついているのだ、僕が動揺したと同じように美子も苦しんでいるのだろう。

 会いたい思いはある、だが結論が出ない。トンネルの向こうに何も見えないのだ。真っ暗闇が続いている。明るい未来など見当たらない。

 すでに大阪に住んでいない事も、現在、名古屋に居る事も何も知らせていない。

 美子にメールをしようと書き始めたところで、突然、美子からの着信メールがあった。

 「正人、お元気ですか? あんな事を言ってしまって正人が苦しんでいると思うと話した事を後悔しています。でも、わたしの心の中に仕舞っておける話ではないと自分に言い訳したり、苦しい日々です。」

 「前に話した梅田にあるエステサロンの職場の同僚、女性の心を持った男性の事。彼女とルームシェアしていたのですが、彼女が好きな人、男性です。その人と今度、一緒にこの部屋に住む事になって、居候していた私が出て行く事になりました。」

 「正人は、すでに就職している事でしょう。今はどこに住んでいるのですか? わたしは、正人に秘密を話して以来、箍が外れたように気持ちを抑えられなくなりました。会いたいです。正人に会ってはいけない。大学一年の夏以降、今までずっと何年も心に押し込めていたのに。限界です。会いたい。」

 美子からのメールを読んだ後、ざわざわッと得体のしれない物が僕の心に湧き上がり抑えられなくなった。美子に会って力いっぱい抱きしめたいと理性とは逆行していく自分が怖かった。

 


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僕の失恋3 短編

「正人へ。ずいぶん迷ったけど一度会おうか? 話もあるし。今は、東京にはいません。正人と同じ大阪に住んでいます。今度の水曜日に梅田のJRの一番奥にある乗り場の改札口で11時に待っています。」

 美子からのメールは、返信が無いので諦めかけていた暮れも近い三カ月が過ぎた頃にやっと返事が着た。

マンションから南海線で難波まで出て、地下鉄で梅田まで出た。待ち合わせの場所にはまだ美子は来ていなかった。二十分待った頃、美子は現れた。

「ごめんね、遅刻しちゃったよ。ホントごめんなさい。もう帰ったのかと思った。私は今、この近くで住んでいるの。出がけにちょっとトラブっちゃって。でも、もう大丈夫。解決したから。」

美子は、以前見かけた時と同じくすっかり女性らしくなっていた。黒目がちな美子は鼻先もスッとして美形な方だと僕は思っている。

「梅田の、この辺りは、家賃も高いんじゃないの? すごい所に住んでいるんだね。どこかでコーヒーでも飲もうか? それともお昼、一緒に食べる?」

僕は、久しぶりの美子を見て動揺していた。四年の空白のせいなのかも知れない。

「ううん、お昼はいいわ。それよりも、気楽にゆっくり話ができる所がいいなぁ。わたし、スタバのカードあるからスタバにしない?おごるよ。」

美子は、笑顔で、さっきからずっと明るかった。

 話って何だろう?僕は、高校卒業した後、離れ離れになる前に、美子にキスをした。それについてはお互いメールでも触れていない。美子も僕に好意を持ってくれていると思っていたがその時には、ここまでの思いは無かったのかも知れない。

 今は、はっきりと美子の事が好きだと思っている。大学生になって他の女性と付き合ってみて感じた。美子が僕の事を一番分かってくれていると思っていた。たとえ四年の歳月が過ぎていたとしても。

「いきなりだけど、良いかな? わたし、大学一年生の夏に実家に帰った時にショックな事があって。この話は、正人に話すまいと心に決めたのに。」

「わたしは、大学を卒業して実家の旅館を継ぐ約束をしたでしょう。それは、正人も知っているよね。恥ずかしいけど、わたしは、父親に正人の事が好きだから二人が大学を卒業したら結婚して一緒にこの旅館を継ぎたいと申し出たの。」

「そしたら、父は言ったの絶対に結婚はダメだって興奮して、顔色を変えて言ったのよ。あの冷静な父がいつも穏やかな父が好きだったわ。でも、今は大嫌いな父になってしまった。」

「正人、びっくりしないでよ。わたしは、許せないのよ父が。」

「だから、東京に戻っていろいろ考えたけど実家には帰らない事にすると決めたの。正人にも、もう会わないでおこうと。会っちゃいけない人なんだとね。」

僕は何が何やらまったく分からなかったのでもう一度聞き直した。

「どうして、美子は社長の事を許せないの?」

「正人のお母さんから何も聞いていないの? 昔の事。」

「えぇっ。昔何かあったのか?」

「そう、辛いけど言うわ。わたしと正人は義理の兄妹になるのよ。」

「昔、父と正人のお母さんが恋人同士だったってこと。正人とわたしは、同学年だけど、早生まれと遅生まれの二人は兄と妹だったのよ。」

「わたしは、正人が好きだったから衝撃的な父の言葉にもう、打ちのめされてしまって父への嫌悪感いっぱいで、あれから一度も実家に帰っていない。母の顔も見れない。」

「実はね、わたしの母は、父とお見合いをして結婚をしたらしいけど、父の両親が無理やりに結婚させたと聞いているわ。正人のお母さんとの事を知っていて別れさせたらしいの。もう祖父母は亡くなっていないけど。酷い人たちだわ。」

「それでも、わたしは、父を許せない。男として許せないのよ。何食わぬ顔で旅館に正人とお母さんを住みこませて。父は、わたしの母と結婚してからは、一度も正人のお母さんとの関係を続けた事は、無いと言っていた。」

「これは、嘘じゃない雅子さんの名誉の為に言っておく。分かってくれって。二人を放っておけなかった。金銭的に援助していただけだと言い訳していたけど、どうだか。」

「正人のお母さんは、どんなに辛かっただろうかと思うと胸が痛いよ。子供の将来の為に自分が我慢をしたのよ、正人の為に犠牲になったの。父が許せない。でも、わたしの母と結婚していないとわたしは、生まれていないから。何を恨んでいいのか苦しんだわ。」

「わたしの、母もまったく知らなかったと思う。多分今も知らないと父が言っていた。正人のお母さんと家の母は仲良しだったから。それは良かったと思っている。実家に帰ったら辛くて母の顔が見れないよ。正人もこの話は絶対におばさんに言っちゃ駄目だからね。」

「やっと幸せになれた、今のおばさんに悲しい思いはさせたらだめ。二人の心に閉まっておくのよ。わたしも、正人が好きだったからとても苦しんだよ。でも、兄妹だったとはね。四年が過ぎ、今は少し気持ちも落ち着いたから正人に話せるけどね。」

 僕は、呆然と美子の話を聞いていた。大好きな美子が僕の妹? 僕の本当の父親が美子の父親である旅館の社長? そんなことがあっていいのだろうか。この間、一緒に歩いていた彼氏の話の方がまだましだと思った。その方が将来、美子とのことを考えると見込みがある。しかし、兄妹では辛すぎるのだ。

美子は、二人の秘密を一気に話すと、辛そうに静かに俯いて黙った。僕の頭の中は、整理がつかない。美子も僕を好いてくれているのは分かった。しかし、腹違いの妹? 妹を好きになってはいけないのか? 近親相姦? 
インセスト、タブー ? これを知らなかったとしたらどうなる? 僕は混乱していた。

「あっ、そうだ。正人が気にしていた、この間の男性ね。同じ職場の人よ。彼は、職場でメンズ担当のエステシャンなの。実は、わたしは、家の近くのエステサロンで働いているのよ。」

「彼ね、見かけは男性、可愛い綺麗な顔をしているでしょう?でもね、心が女性なのよ。トランスジェンダーなの。いつも彼女は前向きに頑張っているわ。正人に見られた時には、男性の格好をしていたけどね、普段は女性の格好をしているの。」

 美子は、サラッ~と男性の事を説明している。僕もトランスジェンダーの事は知ってはいたが、そういう人が身近にいないので、あまりピンとこなかった。

「ちょっと待って、ごめん。美子。なんだか急に頭がくらくらしてきたので家に帰るよ。また、メールする。ごめんね。」

僕は、少しでも早くに家に帰りたかった。頭の中を整理しないと混乱して変になりそうだ。

美子はコーヒーカップを手で包み込んで一点を見つめていた。僕は、カップに残っている コーヒーを全部飲み干し、椅子から先に立ち上がり店を出た。


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僕の失恋2 短編

「正人、わたしは元気で過ごしています。大阪の難波で正人に会っていたとは思ってもみなかったわ。和歌山の田舎にはまったく帰っていません。これからも帰る予定はありません。正直、帰りたくないのが本音かな。」

一カ月過ぎた頃、美子からメールの返事がきた。

「わたし、東京の大学を辞めたのよ。理由は聞かないで。わたしなりに考えての事だから。住所も変わったから手紙も届かないと思う。実家からの仕送りも貰っていないから、毎日働いています。幼馴染の正人の事は忘れていないから安心して。わたしは変わったのよ。」

 僕は、美子からの返事を何度も読み返した。花火大会に帰っても美子には会えないと思うと辛い。どうして急に美子は変わってしまったのか、僕にはまったく心当たりがない。

 美子へのメールの返信をすぐにでも書きたかったが、どう書いていいのか、言葉がみつからなかった。

 和歌山の美子の両親も、きっと、がっくりきているだろうと心配になった。美子は、東京の大学を卒業したら和歌山に帰って旅館の後を継ぐからと約束をして東京の大学へ行かせてもらっていたのだ。父親である社長やおばさんの気持ちを考えると遣り切れなくなった。

 夏の花火大会にも僕も帰らなかった。美子が居ない田舎に帰っても仕方がないのだ。

 来年の一月末には、卒論提出がある。既に、就職先も決まっている僕は時間がある。それまでは、ずっとバイトに明け暮れた。

 そんなある日、お母さんが突然僕に話があると言い出した。母も毎日、会社で頑張っている。二人暮らしでずっと苦労している母に、僕は就職してお給料をまともに貰う様になったら母を旅行に連れて行こうと思っていた。

 「正人、良く聞いて。今度の日曜日、会ってもらいたい人がいます。母さんは、その人と結婚するつもりなの。正人も、春には一人前に社会人になる、母さんが居なくてもあなたは、もう大丈夫だと思います。これからは母さんは自分の残りの人生を大切に生きていこうと思っているのよ。正人も賛成してね。」

 僕は狼狽えた。

 まさか、母が結婚? そうか、よく考えてみると母もまだ四十五歳だ、若いのだ。自分の人生を考えて選んだ人だろう。今まで僕の為に自分の人生を我慢していた、複雑な気持ちだが僕は快く賛成してあげようと思った。

 「正人は、今のこのマンションに住んでね。母さんが出て行きます。結婚するその人の家に、引っ越すわ。もし、正人の勤務先が他の町に変わるのなら、このマンションを解約してね。ごめんね、急な話で。でも、今が母さんにも正人にも一番良いタイミングだと思ったから。」

 「その人は、職場の上司なんだけどね。五年前に奥様を亡くされて子供さんもいないし、一人暮らしをされている人なの。正人もきっと気に入ると思うわ。優しい人よ。大阪の人。親戚も亡くなられて天涯孤独の身の上らしいの。」

 そう言って母は、穏やかに少しはにかみながら笑顔で言った。そうかぁ、母さんは女性なんだよなぁ。僕は複雑だが、とても嬉しかった。僕も少しは成長したかなと一人納得したのだった。

 いよいよ、新しい父親と会う緊張の日曜日が来た。

 何だか緊張する。どんな人だろう。一応、父さんになる人なのだから僕も嫌われない様に母が傷つかない様に上手くやらないといけない。昼前に、母と一緒に出掛けた。

 「やぁ。どうも今日は来てくれてありがとう。正人くんだね。お母さんから、いつも話を聞かされているよ。思った以上にハンサムだね。今風に言うと、イケメンなのかなっ。よろしく頼むよ。」

 そう言って新しく僕の父親となる人が大きな手を差し出した。

 梅田まで出て指定されたお店は懐石料理のお店だった。和室の中に案内されて母と席に着くと、すでに来ていた義理の父親になるこの男性は、恰幅の良い清潔感のある優しい目をした人だった。

「あっ。初めまして、山口正人です。母がいつもお世話になっています。」

 僕は、ちょっと緊張していた。

 「そんなに緊張しなくていいよ。僕の方が緊張するからね。僕は白井照正と言います。お母さんから話を聞いていると思います。どうぞ宜しくね。正人くんも来年は社会人だ、大人の付き合いをしよう。たまには僕と一緒に飲みにでも行ってくれたら、ありがたいがね。」

 気さくに話してくれる白井さんは、僕にとっては好印象だった。さすが、母さんが選んだ人だと思った。

 その日の夜に、美子にメールの返信をした。

 「美子のメールを見て驚いたよ。大学もやめて実家にも帰ってなくて、仕送りすらも拒んで。美子にいったい何があったんだ?心配だよ。僕の方は、大阪の大学で頑張っているよ。就活も無事に終わり、来年は新社会人だ。」

 「美子と離れて大阪に引っ越して来て四年が過ぎるね。時々近況を教えてくれていた美子から突然メールがこなくなって僕は寂しかったよ。離れてみて分かった事がある。僕は美子が好きだったんだと、この間、難波で見かけた時にはっきりしたよ。男の人と一緒だったね、美子の彼氏か?」

 「一度、美子と会って話がしたいよ。無理かなぁ? メール待っています。あっ、そうそう。僕の母さんが再婚するよ。と言っても僕の父親は小さい頃に死んだと聞いているから、初めての父親ができるんだ。義理父だけどね。」

 「嬉しいよ。母さんには苦労かけたからな、僕の為に今まで一人で頑張ってくれたんだ、幸せになって欲しいよ。これから母さんには親孝行しなくちゃと思っていたら結婚するってさ。まぁ、母さんが幸せになってくれるならそれもアリかな。そう思うだろう美子も。」

 美子が大阪の心斎橋で一緒に歩いていたのは恋人だ!と言われたらどうしよう。辛いよなぁ僕!と不安な気持ちをかかえながら送信した。


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宝くじ エッセイ

お母さんと一緒に閑静な住宅街に引っ越した夢を見たよ。

宝くじに当たって想像もつかないほどの素敵な一軒家に引っ越して二人で住んでいるの。

近所を散策して、二人でおしゃれなレストランに入り、いつもの様にケチケチしないで、思いっきり高い美味しそうな料理を注文してね、贅沢なデザートも頼んでみたの。

どうせ、これは夢なんだから。

帰り、ステキなオープンカフェでお母さんと二人座った、暖かい日差しのテーブルに桜の花びらがチラチラ落ちてきたの。

あぁ。。。これは夢なのか、と少しだけ悲しくなった。

それでも、目が覚めたら幸せな気分だったよ。


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新元号です令和

こんにちは。

新元号が決まりましたね。

令和 れいわ。

万葉集からだそうです。

産経新聞からですが。。。

「初春の令月にして、気淑く風和らぎ海は鏡前の粉を披き、蘭は珮後の香を薫らす」から引用された。

現代語訳
時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている。

万葉集から、ですって。素敵ですね^^

今週は、又、冬に逆戻りして今日は、寒い一日です。

少し、肌寒かったですが自然に癒されて帰ってきました。


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僕の失恋1 短編

「正人、大阪に引っ越しても時々近況報告とかメール交換しようね。大阪って都会だよね、都会の大学にはキレイな女性もいっぱいで、正人は面食いだから気が散ってしょうがないんじゃない?私を忘れたらダメだよ!」

  僕の名前は、山口正人。岡崎美子は、僕の幼馴染。

 「美子だって東京の大学へ行くんだろう!そっちも同じだろう。大阪より東京の方がもっと都会じゃないか!ちゃんと勉強しろよ。東京のレディースマンションって防犯が充実しているらしいけど安心するなよ。」

 美子は、春から東京の大学へ通い一人暮らしをすると言う。いずれは、旅館の後を継ぐ一人娘なのだ、大学を卒業したら和歌山に戻って後を継ぐと父親と約束をしてわがままを聞いてもらい東京へ行く事になったのだ。

 美子の父親が経営する和歌山の旅館で、母は友達だった社長の誘いで住み込みで働いていた。僕が生まれる前から母は、旅館の寮で住んでいたらしく僕は小さい頃から、社長の娘である一人娘の美子と一緒に育ったようなものだった。二人は小学校から帰ると、旅館の中や敷地内にある寮や、広い庭で兄妹の様にいつも遊んでいた。

 美子が異性だと初めて気が付いたのが小学六年生の夏だった。母が休みの日、直ぐ近くの海水浴場へ美子も一緒に連れて三人で遊びに出かけた時、ふざけて遊んでいたら溺れかけた美子を助ける為、体を抱きかかえた瞬間胸のあたりが今までにない柔らかい感触でドキドキしたのを覚えている。

 中学へ入るとお互い意識していたがふざけ合ってばかりだった。高校を卒業する前に離れ離れになる寂しさからどちらともなく美子とキスをしたが、それだけだった。高校を卒業して大阪に来て一人になるその時まで、僕は恋とは気づかなかった。

 母の家庭の事情だからと言われて、僕は母と一緒に美子が東京に行くと同時に僕たちも春から大阪に引っ越してきた。それから僕は大阪の大学に入り、母は、勤め先を決めてあっという間に四年が過ぎる。

 美子とは、他愛も無い事を時々メール交換していたある日の事だった。

 僕が大学四年生の時に、美子を大阪の町で偶然見かけた。

 美子の側には、僕の知らない男がいた。親し気に話しているのを見た時、僕の心はギュっと何かに握り潰されたような気がした。こんな気持ちは生まれて初めての感情で自分でも驚いた。メールでは一切触れていないことだ。東京にいるはずの美子が大阪にいた。

 離れ離れになって気が付いた恋。美子の気持ちが知りたかった。

綺麗になっていた美子は、僕の知らない美子だった。

寂しかった。

 数日後、大学の友達に映画に誘われた。大沼京子、時々教室で話す程度のただの友達だと思っている。

「ごめんね、待った?これでも急いできたのよ、途中道間違えちゃって慌てたよ!」

「いや、全然。僕も、今来た所だよ。そんなに急がなくても、大丈夫まだ充分に時間はあるよ。コーヒーでも飲んで行こうか?」

 彼女と難波の駅で待ち合わせた。映画館に入る前だが時間が有ったのでスタバに寄った。彼女は最初の頃、僕はただの顔見知りの友達だと思っていたが、彼女の方は何故か僕の事を前から知っていたと言っていた。そして今回、思い切って映画に誘ってみて良かったと言った。

 僕は、大学に入ってから何人かの女性と付き合った事がある。いつも長続きがしなかったのは、心の中にいつも美子がいたかもしれない。兄弟の様に身近に育った美子の事が大人になるにつれ、僕の心をゆらゆらさせる。

「ごめんね、私の好きな俳優の映画に付き合ってもらったみたいね。でもきっと楽しいと思うわ。予告を見たけどかっこよかったんだぁ。あのさぁ~気が付かない?この俳優、正人くんに似ているでしょう?」

「えぇ~!似てるかなぁ? そう言えば最近テレビでも宣伝、やっていたよね。僕も気になっている映画だったから京子さんと一緒に観れて嬉しいよ。」

 京子は、嬉しそうにチケット売り場の横のカウンターでポップコーンと飲み物を買った。僕はチケットを2枚買った。映画はラブストーリー、この数年で急に人気が出た俳優の映画だと京子は夢中で僕に説明してくれる。

 映画が始まっても僕の心は美子の事が離れない。一緒に歩いていた、あの男性は誰だろう。東京にいるはずの美子が大阪にいた。今夜にでも久しぶりにメールをしてみようかと思った。

 「久しぶりのメールです。美子は元気に暮らしていますか? 先日、大阪の難波の町で美子そっくりの人を見かけたよ。もしかして、美子だったかな? 美子は、和歌山の両親と連絡を取っている? お二人ともお元気に過ごされているのかな? 時間があったらメール下さい。  正人。」

 今日、京子と映画を観ていた時、京子には悪いが僕の隣に座っている京子が美子だったらと、暗い映画館の中で退屈な映画を観ずひとり妄想していた。僕の悪い所だ、優柔不断で人に頼まれると嫌とは言えない性格。人は、僕を優しい性格だと言ってくれる。

 大人になって一度も会っていない美子、この前見た時僕の心は、はっきりした。

 僕は、就活が一段落してのんびりとできるこの数か月は、時間が余るほどある。明日は、バイトのない日だった。 友達の飲み会の誘いも断って読書に没頭して美子からのメールの返信がないことを読書で気を紛らわせている。返信は、一週間が過ぎても無いことに僕は焦っている。

 大学も後数か月で卒業。後期には、授業もほとんどない。前期に単位をほとんど取っていたのでもっとバイトの数を増やそうかと思ったり、時間はたっぷりあるのに気持ちが落ち込んでいるのは、美子からの返信が無い事なのか。

この夏の和歌山の花火大会に旅行がてら遊びに行こうかと思ったりしている。

 そして、美子の実家である旅館に宿泊を考えているのだ。もしかして、美子も花火大会には帰省してくるかも知れない。かすかに期待をしている僕がいる。


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