梅さんの日常 夢の中

もうすぐ梅さんは85歳になる。

12年前に旦那さんは亡くなって身寄りのない梅さんは、それからずっと一人暮らしだった。それでも生活が楽しくてしょうがないのだ。毎日が発見で嬉しいことがいっぱいある。

毎日、庭に遊びに来る小鳥や動物。特にウサギには名前を付けている。

季節ごとに子ウサギと一緒に遊びにきてくれ、春になると梅さんは会えるのを楽しみにしていた。

ある時は、排水管に詰まっていた蛇にも怖がることもなく、憐れみを感じていた。

「可哀そうに、こんなに狭い所に迷い込んでさぞかし苦しかっただろう? 怪我もしてないようだから早くお家にお帰りよ! ガス屋のお兄ちゃんに助けられたあんたはラッキーだったねぇ」

以前、台所の排水管に詰まっていた蛇を助けてあげた事は今も忘れられない。

そんな楽しい何でもない一日が梅さんにとって幸せな日常だったのだ。

ある時、梅さんは夢を見た。

自分がまだ子供の頃の夢だった。旦那さんであるおじいさんと出会うもっと前、ずっとずっと前のことだった。

梅さんは一人ぽっちが寂しくて、親切にしてくれるお兄さんに誘われてついて行った事がある。知らない町の景色や、賑やかな街並みが新鮮で夢中になって歩き回って迷子になってしまった時、目の前の一軒家の灯りに誘われて庭に入ってしまった。

「あれ、あんたはどこの子? どうしたの? もう日が暮れるよ。誰か連れはいるの?」

洗濯ものを入れていた、優しそうなおばさんに話しかけられた。

梅さんは、「どうして私はここにいるの?」不安で泣き出しそうになった。漁師町の小さな町から車に乗せられ少し離れた大きな町の庭先に立っていたのだ。

海で両親を亡くして、たった一人の兄と一緒に親戚に面倒をみてもらいながら二人ぽっちで暮らしていた梅さんだったのだ。優しそうなおばさんに声をかけられて気が緩んだのか泣き出してしまった。今、自分がここに居る経緯をおばさんに話したら、この町のお巡りさんがやってきた。

梅さんは、泣いて泣いて声を出して泣いて、目が覚めた。

「あぁ~。夢だったのか。寂しい夢だったなぁ。でも、あの時はまだお兄さんがいたから夢の中でも会えて良かったわ。どうしてお兄さんは梅よりも先に天国に行ってしまったの? そっちで梅の旦那様と会っていますか? 今は梅は一人ぽっちでも寂しくないよ。毎日楽しく生きていますから、まだこっちに居たいの」

梅さんは目が覚めると、枕元のティッシュペーパーを取っていっぱいの涙を拭いて、いつものストレッチをした後、ゆっくりとベッドを降りた。

「さてさて、昔の事は考えないで良い思い出だけ心にしまっておこう。今朝のパンは大きなカンパーニュ、何を乗っけて食べようかな?」

「そうだ、今日は一昨日ネットで注文した食材の宅配の日だった。冷蔵庫に残っている物の整理をしなくちゃね、卵が残り一個だったからそれを使ってしまおう。それに厚切りベーコンを焼いて、さぁ朝食の準備をしなくちゃね」

今日も朝食作りから梅さんの一日が始まるのです。

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一人暮らし 梅さんの日常 小さなお客様

朝、梅さんの体内時計がいつもの時間がくると、脳みそにスイッチが入る。

目を開けて、ベッドの中で天上に向けて両手を広げてグーパーグーパー指の運動。

「あれあれ!?三日前からの左手首の痛みが消えとるなぁ?」

「しめしめ、旦那さん! 梅は少しだけ若くなったかも?」

「あの痛みと付き合わなくてもよくなったよ!有難い?有難いねぇ。」

そう独り言をつぶやいて足のストレッチ。

「おやおや、膝の痛みも今朝は無いぞ!?らっき~だねぇ!」

金曜日の今日は、梅さんの家から麓まで下った場所で、コーヒー豆の専門店の八重さんが五歳のメイちゃんを連れて遊びにやってくる日。週末に天然酵母のパンを数個買ってくれるのだ。

八重さんがやっているお店は、コーヒー豆販売と、飲み物はドリップで炒りたてコーヒーをゆっくり丁寧に点てて自転車で立ち寄るお客様だけを持て成す週末だけの店。

店の前を走るサイクリングロードのお客様をもてなす。

入り口には、自転車を立てかける大きな太い材木で作られた自転車置き場も設置してあり自転車愛好家の憩いの場であった。八重さんのコーヒー好きの趣味が高じてお店をだすまでになったと聞いた。

因みに旦那様は単身赴任らしいのだが、八重さんのご両親も一緒に生活しているのでメイちゃんも生き生きと育っている。梅さんの小さな友達の一人。

「さぁて、コーヒーを飲み終わったら早速パンを仕込もうかな。」

大切に育てているのは自家製酵母のレーズン酵母。季節ごとに果物の酵母も育てているが梅さんの一番は、レーズン酵母なのだ。

「そうそう、このレーズン酵母の元種は毎日お世話をしているんだから、ほら、見ておくれ、こんなに元気がいいよ。一番安定して膨らんでくれるからねぇ。」

梅さんは、天然酵母のパンの材料を冷蔵庫から出して調合してパンを捏ねる器械に入れてスイッチを入れた。最近は、疲れるので手ごねはしていない。

それでも、一次発酵の見極めや成形して二次発酵と、手はかかるが、梅さんはこのパンの香りと手触りに癒されてパン作りは止められないのだ。第一、美味しいのだ!

取りに来るのは、三時に約束しているが一時間ほど八重さんは、おしゃべりをしていくから四時までに焼き上がる計算にしている。

「今日は、メイちゃんのおやつは何を作ろうかしらぁ?そうだ、ホットケーキを焼いてあげようかねぇ。」

梅さんはパンの準備が一段落すると昼食を済ませてメイちゃんのホットケーキを作り始めた。お土産にもと思って、多めに焼いた。

そうこうしているうちに、下の道路から車の音がしてメイちゃんの大きな可愛い声が聞こえてきた。

「梅ばあちゃ~ん!! メイがきたよ~!!」

車から降りて梅さんの家までの小道を駆け上がってくるメイちゃんの姿が可愛くて、涙もろい梅さんは、涙声である。

「あらあら、メイちゃん!坂道をそんなに走ると危ないよ~!」

「いらっしゃい!メイちゃん、あら、またメイちゃんの背が伸びたかな?」

「梅ばあちゃん、このリボン福岡のパパからのプレゼントだよ!可愛いでしょう?」

「ママが三つ編みにして結んでくれたんだよ。それと、これはこの前幼稚園で作った折り紙のお花だよ、梅ばあちゃんにもプレゼント!!」

「おやまぁ、可愛いね。何のお花かな?朝顔みたいだね?」

「そうだよ、朝顔。幼稚園で一番上手だって先生に褒められたから梅ばあちゃんに持って来たんだよ。」

「そりゃぁ嬉しいね。梅さんの部屋に飾っておくよ、どうもありがとう。メイちゃん。」

ホットケーキを頬張りながら、メイちゃんが嬉しそうに話してくれる。

「梅ばあちゃん! メイちゃんの幼稚園で秋の遠足に上のオレンジ園に決まったよ!この家の前を通るから、その日は、ママに時間聞いてね。」

「そうかい、そうかい。嬉しいね。メイちゃんのママにくわしく聞いておくね。」

楽しい時間は、あっという間。

八重さんは、焼き立ての大きなライ麦パンと全粒粉のカンパーニュを大きな紙袋に入れて帰って行った。

後片付けをしていると、玄関のチャイムが鳴った。

「はて? 今日の約束は他にもあったっけかなぁ?」

「は~い。今いきますよ!」

玄関を開けると、汗だくの宅急便のお兄ちゃんが立っていた。坂の下の車通りから荷物を抱えて登ってきてくれたのだった。

「あぁ~そうそう、この前パソコンを開いた時に注文していたパンの材料だね!?ありがとう、重かっただろう?ここに置いておくれ!」

「ちょっとだけ待ってて!」

そう言うと、梅さんは慌ててキッチンの方へ行ってさっき焼き上がったクロワッサンを紙袋に入れてお兄ちゃんに渡した。

「ご苦労様。このパンは焼き立てだよ!車の中でおやつに食べておくれ!いつも家まで上がってきてくれてありがとうねぇ。」

梅さんは、二カ月に一度パンの材料専門店でネット注文していた。

だいたいが、重い物だけネット注文でして、新鮮な食材は下の道まで移動スーパーがきてくれて生活は、何不自由なく過ごせていた。

これも旦那さんが亡くなる前にインターネットを梅さんに教えてくれたからなのだが、梅さんは、ふと、不安になることがあった。

「だめだめ、先の事を考えて不安になっても仕方がないよ。今こうして元気に暮らせているんだから、幸せだねぇ。旦那さん!今日も梅は幸せに楽しく暮らしているよ。」

「旦那さん!ケッセラ~セラ~!だよね!そっちはどう?」


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一人暮らし 梅さんの日常 豪雨の日

梅さんは、外から聞こえてくる雨の音で目が覚めた。

いつもは、明るい太陽の光と鳥の囀りで目覚めていたが、今朝はどうも様子が違う。

カーテン越しの外は薄暗く台風のような大粒の雨が出窓の屋根を激しく打つ。

ゆっくりと、目を開けていつものストレッチを始めた。今朝は左手首が痛くて動かない。

「はぁ~て? 昨日、何か重い物を持ったっけかなぁ?」

「まぁ、そのうちに動くようになるじゃろう。少し腕を休めな、いけんなぁ。」

そう言いながら、足のストレッチを終わらせて、ゆっくりとベッドから降りた。

毎日、どこかしら痛くなる日々の中で、梅さんはいつ頃からか、自分の老いを自然に逆らわず受け入れている。

「さて、今日は天気も悪いし、畑もできん。おとなしく家で楽しむべかなぁ。」

そう言いながらキッチンへいきコーヒーを点てる。梅さんは昔からコーヒーが大好き。

「そうだ、昨日焼いたカンパーニュが少し残っているはず。ガス屋さんに半分お礼にあげたが、残りの分がテーブルに置いておいたはずだねぇ。」

昨日、梅さんのキッチンの流し台の水が流れにくくなっていたのを丁度、プロパンガスの入れ替えに来てくれたガス屋のお兄ちゃんに直してもらったのだった。

「梅さん、梅さん!!」

「大変だよ!キッチンの外側の流し台から繋がっている排水管の出口を調べたら、なんと、太い蛇が入って出れなくなっていたよ!可哀そうだから、そおっ~と引き抜いて畑に戻してあげたんだぁ~!」

「大丈夫!死んでいなかったよ、良かったね。」

「あらまぁ、可哀想な事になっていたんだね。でも、生きていて良かったよ!」

「お兄ちゃんのおかげだねぇ。どうもありがとう。」

「そうだ、朝食用に焼いた今朝のカンパーニュがあるから少しだけど、持っていっておくれっ!いつも、ありがとうねぇ。」

梅さんは、昨日のガス屋さんのお兄ちゃんとの、やりとりを思い出していた。

そして、昨日一日を思い出しながら左手首が痛くなる原因を考えてみたが、何も思い当たらなかった。

「まぁ、こんな天気の悪い日だから、あちこち痛くなっても仕方がないねぇ。」

「朝ご飯を食べたら、今日はパソコンのスイッチを入れてみようかね。市役所の安住さんからメールがきているかも知れないしねぇ。」

梅さんは、今日も独り言で一日が始まった。

大きな黒縁の老眼鏡をかけて、メールチェック!!

「ほれほれ、安住さんからメールが来てる来てる!!わくわくするねぇ。」

「こんにちは。梅さん。週に一度は、メールチェックをお願いしますと言っていたのを思い出してくれましたか?」

「体調はいかがですか?何か困った事があれば教えて下さいね。」

「来週には、梅さんの家にうかがいますからね。それまでに困った事があったら遠慮なく電話をくださいね。」

梅さんの家に、電話はあるのだが親戚も身寄りもない梅さんに、めったにかかってこないし、使わない。亡くなった旦那さんが使っていたものだった。

今の所、梅さんは元気に自分の身の回りの事も家の雑用も、それに趣味の天然酵母パンだって焼いている、梅さんは生活を楽しむ余裕があるのだ。

市役所の安住さんはそんな梅さんを安心しているが、それでも歳だから気にかけている。

週に一度は、梅さんの興味のあるパソコンのお付き合いも、してくれる。

「安住さん、メールをありがとうございます。」

「今朝は、外が暗くてね、酷い雨が窓を叩きつけているので、私は何もする気が起きなかったのだが、雨の音をよく聞いてみると豪雨の音が私には言葉になって聞こえてくるよ!」

「ゴーゴー!!雨よ降れ降れ、もっともっと降れ!」

「猛暑で干からびた畑のトマトやキュウリたち。」

「庭先の金柑やレモンの樹にも、たっぷりお水を飲ませてやろう!!ゴーゴー!!」

「そう考えていたら、嬉しくなってね。今日は、野や畑、樹々たちに嬉しい雨の日なんだって。自然の贈り物だね。」

「明日朝には、萎れて倒れていた真っ赤なサルビアの花も立ち上がっているだろうね。嬉しいね。」

「私の体調は良好ですよ。安住さん、いつも気にかけてくれてありがとう。それでは、次会えるのを楽しみにしています。   梅」

梅さんは、左手首が痛くて今日は動かない事も話さなかった。これも自然な事だから。

「83年間使ってきたこの体。ぼつぼつガタがきても仕方がないよ。私の旦那さんのようにピンピンコロリと逝ってしまいたいよねぇ。」

「いやいや、ダメだよ!旦那さん!そっちはどうだい?」

「私は、まだまだこの世で楽しみたい人生が残っているから、そんなに早く迎えにきちゃ嫌だよ!」

梅さんは、いつものように独り言。

10年前に亡くなった旦那さんに話しかけていた。


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大阪暮らし 夢が現実に

 佳代の丁寧な仕事ぶりが評判になり指名で芸能界のヘアーメイクの仕事が次第に増えていった。

雑誌撮影の仕事や着物のイベントでもお呼びがかかった。

佳代の評判は、仕事ぶりだけではないのだった。

女優やモデルさんを気持ちよく持て成す心構えで、佳代の全神経を注いだ。


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